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2017.09.26.12.08

めかにこんぐ

映画『キングコングの逆襲 (King Kong Escapes)』 [本多猪四郎 (Ishiro Honda) 監督作品 1967年制作] に登場した巨大ロボット (Robot)、メカニコング (Mechani-Kong) は現在では、メカゴジラ (Mechagodzilla) の原案の様な位置付けを与えられるのであろう。
だが、少なくとも造形上の点からみれば、その発想なり思想なりは随分と異なったところにある様な気がする。

あらかじめ断りを入れておくと、ここで比較吟味されるメカゴジラ (Mechagodzilla) は昭和ゴジラ・シリーズ (Godzilla Showa Era) の2作品、すなわち映画『ゴジラ対メカゴジラ (Godzilla Vs. Mechagodzilla)』 [福田純 (Jun Fukuda) 監督作品 1974年制作] とその続編『メカゴジラの逆襲 (Terror Of Mechagodzilla)』 [本多猪四郎 (Ishiro Honda) 監督作品 1975年制作] に登場したモノを対象としている。
それ以降のみっつの作品に登場したメカゴジラ (Mechagodzilla) を含めて語る事も出来なくはないが、その3作品に登場する2種類のメカゴジラは、昭和ゴジラ・シリーズ (Godzilla Showa Era) 2作品に登場したモノと若干、設計思想が異なる様にも思えるのだ。その差異を内包したまま一括して、彼等の原案と思われるメカニコング (Mechani-Kong) と比較対象をするのは、如何なモノなのかなぁと思えるのだ。

と、謂う訳で。

架空の巨大生物をモデルとしてそのロボット (Robot) を製造する、その起点を比較すれば、メカゴジラ (Mechagodzilla) もメカニコング (Mechani-Kong) も同等だ。前者はゴジラ (Godzilla)、後者はキングコング (King Kong) を祖としている。
だけれども、そこからそれぞれは逆の方向へと向かっている様にみえる。

メカゴジラ (Mechagodzilla) は生物であるゴジラ (Godzilla) の形状を起点としてそこから過剰な人工性を突出させている。もう少し具体的に綴れば、その生物が秘めている獰猛性に着眼し、それを攻撃性ないしは武装性へと転化させている様にみえる。単純に謂えば、生物から武器へと謂う指向がそこにある。
偏えに謂えば、全身のあらゆる部分が直線的になり、鋭角的になっているのだ。

だが、メカニコング (Mechani-Kong) はその逆なのである。生物であるキングコング (King Kong) の、より生物らしさを抽出している様にみえる。まるでキングコング (King Kong) を一皮剥けば、メカニコング (Mechani-Kong) が登場しそうなデザインなのだ。
[映画『ゴジラ対メカゴジラ (Godzilla Vs. Mechagodzilla)』では、メカゴジラ (Mechagodzilla) はゴジラ (Godzilla) に偽装していた訳ではあるが、それを実際に行うには相当な肉付けが必要な様に思える。]
否、それよりも、キングコング (King Kong) が類人猿 (Simian) の巨大化した生物から遊離して、意思のある"怪獣 (Kaiju)"へと転化したと思えば、メカニコング (Mechani-Kong) はキングコング (King Kong) の向こうにある筈の原点、類人猿のロボット (Robot) 化でさえある様にも思えるのだ。あの光り輝く材質をもって構成されていながらも、実在する生物の特徴を余すところなくその形状に秘めている様に、ぼくには思える。

メカゴジラ (Mechagodzilla) とメカニコング (Mechani-Kong) のこの違いがどこに起因するのかと謂えば、ひとつはあまりに明確だ。
前者が対ゴジラ (Godzilla) 戦用の兵器として創造されたのに対し、後者は掘採用の作業ロボット (Robot) として創造されたからだ。メカゴジラ (Mechagodzilla)が全身を兵器としているのに対し、メカニコング (Mechani-Kong) は武装らしい武装は一切にないのだ。
この点が、このふたつのロボット (Robot) の方向性を大きく違えさせているのだ。

では、それ以外は? と、謂うといまのぼくには即座には浮かばない。
浮かばない代わりに、視点を変えて次の様な駄文を綴ってみよう。

実在する生物の造形に限りなく近くなされているメカニコング (Mechani-Kong) ではあるが、その視座をもってしてみると、少し奇異に感ずる部位がある。その造形コンセプトから極端に逸脱してしまっている様にもみえるのだ。
その部分とは顔面である。

images
ここだけをみてみると、単純化された造形は、類人猿 (Simian) の特性を引用しながらもそれに忠実である事を放棄し、その生物へのある観点ばかりが抽出されている様にも思える。ひとことで謂えば、コミカル (Comical) でかつユーモラス (Humorous) なのである。

ふたつの眼球はそれぞれ、垂直に走る軸に串刺しにされている。
顎は、ふたつの耳下で留められていて、その位置からボリス・カーロフ (Boris Karloff) 扮するフランケンシュタインの怪物 (Frankenstein's Monster) [映画『フランケンシュタイン (Frankenstein)』 [ジェイムズ・ホエール (James Whale) 監督作品 1931年制作] とその続編『フランケンシュタインの花嫁 (Bride Of Frankenstein)』 [ジェイムズ・ホエール (James Whale) 監督作品 1935年制作] を想い起こさせると同時に、マンガ『鉄人28号 (Tetsujin 28-Go)』 [作:横山光輝 (Mitsuteru Yokoyama) 19561966少年連載] に登場した鉄人28号 (Tetsujin 28-Go) の、当該部位をも想わせる。
そして、上掲画像では確認出来ないとは想うが、口蓋の奥には同心円状の物体が2点のぞいている。それをこちらで掲載された分解図で確認すれば、ふたつのスピーカー (Speaker) だと解る。
つまり、顔面にはむっつの円弧が、一対のものとして3組、眼球、鼻孔、口蓋に配置されているのだ。紡錘状の頭部を除去すれば、まるで麻雀牌 (Mahjong Tiles) の六筒 (The 6 Circle) の様な感覚器官をみる事が出来るのかもしれない。

次回は「」。
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