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2017.08.15.09.31

いえなきこ

これから綴るのは、とり・みき (Tori Miki) のマンガ 『フランダースの犬 (A Dog Of Flanders)』 [『ひいびいじいびい (A Heebie-jeebie)』の一篇 19861987月刊コミコミ掲載] の様な話であって、坂口良子 (Ryoko Sakaguchi) や安達祐実 (Yumi Adachi) は登場しない。

小学生の頃、毎年の夏休みに町内会 (Chonaikai) 主催で上映会が行われていた。その町内にある児童公園に白い幕を張り、陽がくれた頃を見計らって、そこで児童向けの映画を上映するのだ。
普段はそれぞれが自宅でおとなしく、TVを観ている時間である。だがその夜はほの暗い公園で、みんなと一緒なのだ。それだけで昂奮する。銀幕である白布の手前には、シートが敷かれ、そこに座る手配になってはいるのだが、町内会 (Chonaikai) の役員達の思い通りには決してならない。上映中、子供達はそこらを走ったり、銀幕の背後から左右逆転した映像を拝んだり、好き放題だ。
しかも、それだけではない。風が吹けば、白布は揺れて映像が乱れ、声や音響も流されてしまう。
幼い観客が物語を堪能する事は勿論、その観客達に教育的効果を望む役員達の自己満足もどこかへと行ってしまう。
だから、ぼくが憶えているその光景は、家々の灯りと流れていくちっぽけな紅い光点 [飛行機かなにかの] と、その結果、みえる様でみえない夏の星座 (The Summer Constellations) なのだった。

ある年に、上映されたのが『家なき子 (Sans famille)』と謂う映画である。勿論、話の内容は一切、憶えていない。
その物語自体は、もっと幼い頃に絵本で読んだ記憶がある。記憶があるだけで、やっぱり内容は憶えていない。開いたその本は、油彩調の重々しい色彩で、暗い背景を背に、ひとりの少年が佇んでいた。

images
ネットで検索すると、映画は1958年制作の仏映画『家なき子 (Sans famille)』 [アンドレ・ミシェル (Andre Michel) 監督作品] であるらしい [上掲画像はこちらから]。

同名の作品は幾つもあるが、時系列を考えるとそれしか該当しない。と、謂うのはぼくが観た映画は実写のカラー作品であって、それ以前の同名映画はみな、モノクロ作品であり、これよりも後の時代の作品の殆どはアニメ作品ばかりなのだ。

では、絵本の方はどうかと問えば、こちらは皆目、見当がつかない。せめて、翻訳者なり、作画家なり、出版社なりが解れば捜索の端緒は開かれるだろうが、そんな情報は一切、ぼくは持っていないのだった。

ところで、ぼくは次の様な事を考えている。

その映画の原作である児童向けの小説『家なき子 (Sans famille)』は、1878年に発表された。作者はエクトール・アンリ・マロ (Hector Henri Malot) だ。
では、この小説は、読者をどの様な存在として仮想して、執筆されたのだろうか。
と、謂うのは、この小説の主人公レミは (Remi) 表題が顕している様に、孤児 (Orphan) である。当時、孤児 (Orphan) とは一体、どんな存在だったのだろうか。

マンガ『サザエさん (Sazae-san)』[ 作:長谷川町子 (Machiko Hasegawa) 19461974朝日新聞等連載] に登場する磯野家 (Isono Family) は3世代が共に棲む大家族 (Three Generation Family) である。
一方で、マンガ『ドラえもん (Doraemon)』 [作:藤子・F・不二雄 (Fujiko F. Fujio) 19691996小学館学習雑誌等連載] に登場する野比家 (Nobi Family) は、父と母と一人息子の核家族 (Nuclear Family) である。
ふたつの作品の家族のありさまは、作品が描かれた当時の時代をおもむろに象徴している。つまり、それぞれの作品のそれぞれの家族は、それぞれの時代の一般的な家族像を受けてのモノなのだ。

逆に謂えば、それぞれの時代、孤児 (Orphan) と謂うのはとても特殊な存在ではないか、と推測が可能だ。

江戸川乱歩 (Edogawa Ranpo) の少年探偵シリーズ (The Boy Detectives Series) には、小林芳雄少年 (Yoshio Kobayashi, The Boy) 配下のチンピラ別働隊 (Thugs Flying Column) と謂う浮浪児 (Street Urchin) の集団が登場する。
彼等が初登場した作品『青銅の魔人 (Bronze Monster)』 [1949少年連載] では、小林少年 (Yoshio Kobayashi, The Boy) の発言を借りて、結成の動機を説明している。アーサー・コナン・ドイル (Arthur Conan Doyle) 創造のシャーロック・ホームズ・シリーズ (Sherlock Holmes Series) に登場するベイカー街遊撃隊 (Baker Street Irregulars) [第1作『緋色の研究 (A Study In Scarlet)』 [1887年発表] から登場] が元なのだ、と。

さて、ここで考えなければならない。

チンピラ別働隊 (Thugs Flying Column) の出自をベイカー街遊撃隊 (Baker Street Irregulars) に求め得るとしても、彼等が物語の中で存在感を得る為には、チンピラ別働隊 (Thugs Flying Column) を容易く結成し得る程の、数多くの浮浪児 (Street Urchin) の存在がなければならない。彼等が活躍した最初の物語である小説『青銅の魔人 (Bronze Monster)』は、少年探偵シリーズ (The Boy Detectives Series) の太平洋戦争後 (After World War II) 初の作品なのだ。その物語に描かれている様に実際に、上野公園 (Ueno Park) には戦災孤児 (War Orphan) が多数暮らしていたのだ。
そして、恐らく、シャーロック・ホームズ・シリーズ (Sherlock Holmes Series) のその時代にも、ベイカー街遊撃隊 (Baker Street Irregulars) を容易く結成せしめる程の、多くの孤児達 (Orphans) がいたのだろうと想像するのは、難くない。

シャーロック・ホームズ (Sherlock Holmes) が初登場した長編小説『緋色の研究 (A Study In Scarlet)』は1887年の作品。その作品で彼等もまた名探偵同様に、活躍する。
ジェームス・マシュー・バリー (James Barrie) による、ケンジントン公園 (Kensington Gardens) のある孤児 (Orphan) の物語『ピーター・パンあるいは大人になりたがらない少年 (Peter Pan, Or The Boy Who Would Not Grow Up)』の初演が1904年である。

と、考えれば決して孤児 (Orphan) と謂う存在は、それぞれの時代に於いて、決して特殊な存在ではない、と考える事も出来る。
では、話を最初に戻して、小説『家なき子 (Sans famille)』に於ける主人公レミ (Remi) とは、どう謂う意義をその作品にもたらしているのか。

マンガ『サザエさん (Sazae-san)』が描かれた同じ時代に、少年探偵シリーズ (The Boy Detectives Series) ではチンピラ別働隊 (Thugs Flying Column) が活躍していたのだ。

この事を一体、どう謂うかたちをもってして理解しておけば、いいのだろう。
そして、恐らく、この件は、物語の中での各々が果たす役割だけではなくて、それぞれの作品を受益する読者層と謂うモノが関与している様に思われる。
[例えば、上野公園 (Ueno Park) にいた戦災孤児 (War Orphan) 達がそれぞれの作品に読者として接する事が出来たであろうかと謂う問題だ。]

そんな辺りにまで横着してしまうと、少なくともぼくにとっては、極めて解き難い難問である様に思えてしまう。

次回は「」。
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