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2016.11.15.10.03

なつをあきらめて

「なんか急に萎えちゃってさぁ」
私立図書館の駐輪場でそう、Kがぼやいたのだ。

その頃のぼく達の日課はこうだった。
午前中は大学予備校で授業、その後は昼食を挟んで、市立図書館で自習。
そのメンバーは、高校時代からの友人達と、予備校で知り合った仲間達を中心としたものだった。

その大学予備校の教室は、国公立受験を目標としたコースで、解りやすく謂い換えるならば共通一次試験の受験に沿った5教科7科目を対策としている。
私学難関校を目標としたコースと謂えば、聴こえはいいが要は英数科目を基点とする3教科3科目の受験対策をする教室は、別の場所にあった。
校舎としてはそちらの方が新しく、その学校の予備校生はどちらの授業も受講できるし、どちらの設備も利用出来る。だから、物珍しさでそちらの自習室へ向かうモノもいないではない。

いや寧ろ、男女に於ける女子の占める比率は、私学難関校コースの方が高かったから、そちらを目的としていたとみるべきかもしれない。
そうやって考えると、1年前とそう変わりはない。
[但し、男女の出逢いと謂う観点からみれば、それは現役高校生時代よりは遥かに難易度が上がってはいる。]

起きるべき時間に起きて、行くべきところに行って、やるべき事を漫然とやり過ごす。受験勉強と謂えば聴こえはいいが、ひとことで謂い換えれば、1年前にやった事をただもう1度、やり直しているだけだ。未知のモノと遭遇する事は先ずない。既知のモノばかりなのだ。
1年前と変わった事と謂えば、制服を着る必要がなくなった事、せいぜいがそんなモノだ。

ぼくがこの予備校を選んだのは単純に、その変わり映えのしなさだったのではないだろうか。
勿論、家計の問題がない訳ではない。
だがそれよりも、敢えて生活の基盤そのものを変更してそこから翌年以降の新生活を獲得する為の果敢な挑戦を試みる様な勇気はなかったと謂うべきなのだ。
と、もってまわった様なまわりくどい表現をしてしまったが、単純に謂えば、面倒だったのひとことに尽きてしまうモノなのだろう。

そうやって考えてみると、Kは少し違った。予備校には通わず、ひとり黙々と学んでいたのだ。アルバイトさえもやっていない。
そして、ほぼ毎日、ぼく達が午後になって辿り着く市立図書館の自習室にいるのだ。

[ここまで綴ってきてさも今頃気づいた様なふりをして明らかにするのだが、この駄文は前回からの、そっくりそのままのつづきなのである。]

たまに、市立図書館のその自習室に彼の不在を認める日がある。そんな場合は、郊外に出来たばかりの県立図書館にいるのだ。たまには気分転換したいから、なのだそうだ。
図書館の梯子もおつぢゃないのかなと挑発すると、席の確保が難しいと切り返される。
そう、このちいさな市立図書館の自習室はすぐに満席になってしまう。うかうかのんびりしていると、常連であるぼく達でさえ、席がない。現役の高校生時代にここを利用していなかったのは、おそらくそれが唯一の理由だ。

卒業式に告白されたKは、その相手であるAとつきあっていた。その点もぼく達の殆どとは違う。
しかも、片方は現役の女子短大生であり片方はしがない浪人生だ。身分は不釣り合いで、生活の時間は全く違う。尤も、後者はありあまる程に時間ばかりはあったが、前者はきっととてつもなく忙しい。
女子大生が商品としてもてはやされて流通し蕩尽し消費されていく時代はもう少し先だが、少なくとも、彼女に許された執行猶予期間は2年しかない。

その夏のある日の事だ。

「なんか急に萎えちゃってさぁ」
「ん?」
「ふたりで海にいったんだよね、このあいだ」
「おお、いいねぇ。まるで青春だ」
「で、彼女がいうんだよ。一人っ娘だからって」
「... で?」
「あまりない苗字だしって」
「うん。確かに馬の糞よりは少ないだろうね」
「お婿さんもらわないとならないんだって」
「... ふむ」
「で、そのままかえった」

Kには確か弟がひとりいて、その苗字も馬の糞なみには流通していたから、本人さえ覚悟がつけば、拘泥したり躊躇する必要はないのではなかろうか、そう思ったが流石にそれはその場ではいえなかった。
その代わりにこんなどうでもいい様な事をほざいてみせた。

「彼女の苗字ってそんなにいい意味はない筈なんだよね。それでも嗣がなければならないモノなのかなぁ」
「そうなんだよねぇ」

Kとぼくは受験科目に日本史を選択していて、2人の脳裏に浮かんでいたのは、ある一族のある人物の名前だ。
尤も、読みこそ相通じるモノではあるが、虫偏のその文字は違う。ふたりとも、誤解していたのである。

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表題に掲げた題名は研ナオコ (Naoko Ken)の歌唱する楽曲『夏をあきらめて (Natsu Wo Akiramete : Reconcile Myself To This Summer)』 [アルバム『シングルA面コンプリート (Complete Singles Collection From A-side)』収録] のシングル盤ジャケット [こちら] から。
尤も、この曲がヒットしたのは1982年。この記事のあった出来事から1年後である。

次回は「」。

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