2015.09.06.20.13

映画『ハチミツとクローバー
作品の提出期限でもめている。
ぼく達は中教室にいて、白い壁に陽射しが照り返して眩しい。そこで数名がよってたかって1人の学生を難詰している。
ここでのぼくの役廻りは教科主任なのか、それとも、その集団の1員なのかは定かではない。その輪から一歩はずれた場所にいる。
議題は進行スケジュールと期限の筈が次第に、別の方向へと舵を向ける。どこでも往々にしてそうである様に、ここでも個人攻撃が始まるのだ。本来ではどうでもいい筈の、個人の趣味嗜好や生活態度が矢面にたたされる。
そうなるともう、よってたかってではなくなる。主に責めるのはたった1人で他は、防戦一方のひとりを呆然とみまもっているのに過ぎない。一体、どんな反撃をみせてくれるのか。興味と関心はこのひとつしかない。
だから、余計に攻める側はより声高になって、口撃に弾みがつくわけだ。
結論はとっくについているわけだから、ほとばしった感情の行き先を定める事と納めるべき鞘を拾ってやる事だ。作品を提出し、それに教科主任からの評価を戴くまでは、この集団は解散する事も出来ない上に、誰1人追放する事も出来ないのだ。
さっきからずっとまくしたてられているのはただの正論だから、もうひとつの正論をそのままぶっつければいい。つまりただの嫌味だ。
それを謂いたいだけ謂って、次のスケジュールを告げて、そこから離れる。
後に残るのは気まずさばかりだが仕様がない。
そんなつまらない屁理屈をこねた俺が一番、嫌な思いをしているのだ。
だからと謂って、だれかが悪役にならねばならない。
俺からみれば大損だ。
街にまでおりて、馴染みの店々をいくつか廻る。どちらにしても必要なのは冷却期間だ。
気づいたらあたりは真っ暗で、しかも俺は荷物を教室に置いたままだ。いまならばまだ、間に合うだろう。
小学校のときは、教室の鍵は職員室にあって、毎朝、その日の当番が開け閉めする。だから、彼らよりも早く着いてもどこかで時間を潰さねばならず、彼らに締め出される前に、ランドセルを抱え出さなければならない。
当番の不手際やらなんやらで、嫌な思いや馬鹿馬鹿しい時間潰しや、お説教を喰らったが、まだその方がましなのかもしれない。
事務室に辿り着いた俺は、担当者から幾枚もの書類を渡されて、辟易しているからだ。
俺の名前と住所、目的、担当科目、担当教授名、さっきから同じ事をいくつもいくつも書かされている。
時折アナウンスが聴こえるのは、教室を閉める声や、その逆、まだ使用中のコールだ。
「◯◯室、いまからでまーす」
「□□室、今日は居残りの実験です」
そんな声が響く中「△△教室、いまからふたり帰りま〜す。ひとりはまだのこっています」と聴こえる。
さっきまで俺がいた部屋だ。
うまくいけば、戸締まり等の五月蝿い作業から解放されるかもしれないが、折があわなければ、拙いタイミングで締め出されてしまう。
合鍵と謂うモノは、決して俺達には渡してくれないのだ。
いやいや書いていた書類を大急ぎで片付けて、事務室から飛び出す。
真っ直ぐに教室に向かうつもりが、まがるべき回廊をひとつ間違えて、みたこともない街並みが目の前にある。
大学に勤める職員達の居住空間だ。
すっかり晴れ上がった夏の終わりの午後、閑散とした呑み屋街がそこにある。

映画『偽大学生』 増村保造監督作品 ポスター
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