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2014.03.20.09.14

俳句の17文字について:『ごくなぬか』解題

先ず、俳句 (Haiku) の定義を”日本語のかな (Kana : Syllabic Japanese Scripts) による17文字の定形詩 (Fixed Verse)”と、してみる。
この時点で、非難や批判があちらこちらから生じてきそうな予感もない訳ではないが、単純に、これから考えるべき事柄を、平易にしてみる為の操作なのである。

日本語のかな (Kana : Syllabic Japanese Scripts) は、所謂”いろは48文字 (Iroha 48)”。逆に考えると、この48文字で、森羅万象、ありとあらゆるモノゴトを言語化してみようという試みが、日本語 (Japanese Language) である、と謂う事が出来るかもしれない。

日本語のかな (Kana : Syllabic Japanese Scripts) には、現行、現代仮名遣い (Modern Kana Usage) と歴史的仮名遣 (Historical Kana Orthography) が存在していて、前者を考慮すれば勿論、”いろは48文字 (Iroha 48)”では足りない。濁音 (A Voiced Consonant) や半濁音 (The P‐sound In The Kana Syllabary)、促音 (A Double Consonant) や拗音 (A Contracted Sound) 等がないからだ。

ここで一応、確認の意味の為に書いおく。
”か”と”が”も、”は”と”ぱ”も、”つ”と”っ”も、”や”も”ゃ”も、違う音だ。それぞれが文字として生成する過程は同じ筋道を辿ってその後に分派しているのかもしれないけれども、表示している音は、明らかに違う。
だから歴史的な生成過程を無視すれば、現代仮名遣い (Modern Kana Usage) に用いられている促音 (A Double Consonant) や拗音 (A Contracted Sound)、濁音 (A Voiced Consonant) や半濁音 (The P‐sound In The Kana Syllabary) の表示も含めて、極めて限定された文字要素で表現してみようと謂う企てを、歴史的仮名遣 (Historical Kana Orthography) が試みていると解する事が出来るのかもしれない。
つまりは実際とは逆の事を想定しそれを試みる事、現代仮名遣い (Modern Kana Usage) が先にあってその枝葉を払った結果、登場したのが歴史的仮名遣 (Historical Kana Orthography) と、考えてみる様なモノだからだ。

否々。ここで拘泥していると、いつまでもその先へと進めない。
取り急ぎこの文章では、これも冒頭に記した事と同様、平易な思考を可能とする為に、拘らない事にする。

試してみたい事が、単純な掛算の問題だからだ。

改めて、問題の為に用意された諸条件を確認しよう。

俳句 (Haiku) とは、”日本語のかな (Kana : Syllabic Japanese Scripts) による17文字の定形詩 (Fixed Verse)”だ。
そして、日本語は歴史的仮名遣を用いる事によって、”いろは48文字 (Iroha 48)”で表現出来る。

頭の回転が速いヒトは、もう既に解っている事だろう。

俳句 (Haiku) は、”48の17乗”の数だけしかない。

なんとなれば、17文字の羅列の最初の一文字に該当し得る文字は、48文字の中から1文字、つまり、48通りの可能性がある。同じく、2番目の文字に該当し得る文字は、48文字の中から1文字、つまり、48通りの可能性がある。そして、さらに …。つまり、この試行を17回繰り返せば良いのだ。
それを計算する数式が、48×48×48×48×48×48×48×48×48×48×48×48×48×48×48×48×48、つまり”48の17乗”と謂う数なのである。

“だけしかない”と書いたが、勿論、この数字は天文学的な数である。篦棒な数だ。桁数だけで28桁、つまり0が28個並ぶ。” (Jou)”という単位である。
正確には、3.8115449e+28と表示される数だ。

ただ、ここで指摘しておきたいのは、その数そのものではない。
有限という事なのだ。決して、俳句 (Haiku) は無限ではない。
勿論、所与の条件下でおいては、だ。

字足らずや字余りを考慮すれば、この数はまだ増える。
だが、前者に意識をのばしても、1文字よりも少ないモノはあり得ない。17文字に満たない表現を考えるだけ考えて、捻るだけ捻って、僅か1文字しかない48個の”作品”に到達してしまえば、そこで終わりだ。
だが、後者に意識をのばせば、1字2字3字4字、いくらでも可能性もありそうだが、例えば仮に、短歌 (Tanka) よりもながい俳句 (Haiku)、ソネット (Sonnet) よりもながい俳句 (Haiku) を想定出来るだろうか [勿論、それの答えは俳句 (Haiku) の定義や短歌 (Tanka) の定義やソネット (Sonnet) の定義如何だ]。

どちらにしても、その数を多少なりとも増加させる事が出来ない訳ではないが、いずれにしろ、有限だ。決して無限ではない。
俳句 (Haiku) と謂うモノの定義に、文字数の如何が係っている限り、それは無限の産物ではあり得ないのだ。

つまり、有り体に言えば、俳句 (Haiku) とは既に書かれてあるモノであり、俳句 (Haiku) とは創作の産物なのでは決してない、と謂う事なのだ。俳句 (Haiku) とは、予め所与されたモノから捜索する作業と、その成果なのである。

勿論、この”48の17乗”の中の、最前列 [?] で待ちかねている「いいいいいいいいいいいいいいいいい」も最後尾 [?] で待ち倦ねている「んんんんんんんんんんんんんんんんん」も、意味を成さない。
だが、意味を成さないというのであるのならば、「クラフトワーク」も「コンビニ」も「関揺れる」もかつては意味を成さない語句だ [だから、認めないと謂う主張もあるのだけれども]。
つまり、意味を成さないと謂うのは、”現時点では”と謂う限定の条件付きなのだ。
いつか、どこかで、だれかが、「いいいいいいいいいいいいいいいいい」や「んんんんんんんんんんんんんんんんん」という文字の羅列に、俳句 (Haiku) として機能するモノを見出さないとは限らない。

ぼく自身が「いいいいいいいいいいいいいいいいい」や「んんんんんんんんんんんんんんんんん」を俳句 (Haiku) だと主張しないのは、ここでこんな風に例示してしまったからだ。
こんな駄文を綴った事をぼく自身がすっかりと忘れ果ててしまった頃になってようやく、ぼくの作品であるといけしゃあしゃあと、発表するのかもしれない。
尤も、それ以前に、他の誰かが、抜け駆けしている場合も、充分に考えられるのだけれども [てか、既にもう、発表済であっても、ぼくとしては決して不思議でもなんでもないのだけれども]。

だから、有限だからとい謂う理由は、悲観を感ずるモノでもないし、限界を観るモノでもない。
なんと謂っても、” (Jou)”という単位、0が28個並ぶだけ、その数はあるのだから。
3.8115449e+28と謂う数は少なくとも、俳句 (Haiku)として成立する可能性のあるモノと、既に保障されているのだから。

ふるひけやかはづとびこむみずのおと
という”いろは48文字”、歴史的仮名遣の文字の羅列がある。これに、
古池や蛙飛びこむ水の音 (The ancient pond. A frog leaps in. The sound of the water.)
という意味を発見する行為を俳句 (Haiku) と呼ぶ。
そう謂う事なのではないだろうか。

と、さも勿体ぶって大層な事だと謂わんばかりに、長広舌を振るってしまったけれども、こんな事は、もうとっくの昔に誰もが、気づいている事ですよね?

もしも仮に、ここまでぼくが書いてきた様な事柄が、初めて読む様なモノだとしたら、俳句 (Haiku) と謂う制度の中であらかじめ、それに眼を背けさせるある装置が稼働しているからだと、ぼくは思うのです。

『ごくなぬか』解題:目次
俳句の17文字について:『ごくなぬか』解題
俳句の5-7-5について:『ごくなぬか』解題
俳句の季語について:『ごくなぬか』解題
俳句の切れもしくは切れ字について:『ごくなぬか』解題
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