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2014.03.11.11.23

どどんご

ミイラ怪獣ドドンゴ (Dodongo) はTV番組『ウルトラマン (Ultraman)』 [制作:円谷プロダクション (Tsuburaya Production 19661967年放映 TBS系列] の第12話『ミイラの叫び (Cry Of The Mummy)』 [脚本:藤川桂介 監督・特技監督:円谷一] に登場した。

当初の設定は、ミイラ怪獣の名に応じて、木乃伊 (Mummy) 化した肢体、つまり、半ば白骨化した様な外形が考えられていたと謂う。しかし、その案は直ちに退けられて、その肢体は別の怪獣のアイデアに流用された。

と、書いてしまうと先回りしてシーボーズ (Seabozu) [第35話『怪獣墓場 (The Monster Graveyard)』 監督:実相寺昭雄 脚本:佐々木守 特技監督:高野宏一] へと想いを奔らせる方が出てくるかもしれないが、そうではない。あれは完全な白骨 (Skeleton) であって、木乃伊 (Mummy) ぢゃあない。
退けられたその案は、第15話『恐怖の宇宙線 (Terrifying Cosmic Rays)』 [監督:実相寺昭雄 脚本:佐々木守 特技監督:高野宏一] に登場した二次元怪獣ガヴァドン B (Gavadon Type B) だ。彼の上肢が骨格むき出しの様相を呈しているのはその為なのである。

と、謂う訳で、これ以降、この拙稿の主人公であるドドンゴ (Dodongo) の方に、話を戻す。

ドドンゴ (Dodongo) がミイラ怪獣の”諡号”を与えられているのは、彼の出現の場が7000年前の遺跡であって、そこに一体の木乃伊 (Mummy) が埋葬されていた事による。
物語は、その木乃伊 (Mummy)、即ち、ミイラ人間 (Mummy Man) の発見から始まって、さらには彼の再生とその怪奇と恐怖が語られてゆく。
つまり、物語の実質的な主人公は、ミイラ怪獣ドドンゴ (Dodongo) ではなくて、ミイラ人間 (Mummy Man) の方なのである。

太古から眠れるモノがある日、文明のちからによってその眠りを妨げられて覚醒し、覚醒めさせた我々を恐怖のどん底に突き落とす、もしくは妨げられた眠りと奪われた平安の復讐を果たそうという物語は、これまでにも数限りなく語られ続けてきた。
それは、その語る視点の向く先によって、怪異譚にもサイエンス・フィクションにもなり得ると同時に、文明批判や人間批判の矛先をも、そこに与える事が出来るからなのだ。
つまり、それは物語の序盤に与えられた謎、さもなければ未知なるモノを、どの様なモノとして設定するか、その匙加減の一切で、決定可能なのだ。

基を正せば、円谷プロダクション (Tsuburaya Production) のはじまりにもなる映画『ゴジラ (Godzilla)』 [監督:本多猪四郎 (Ishiro Honda)作品 1954年制作] も、同じ物語であるし、このTV番組『ウルトラマン (Ultraman)』 [制作:円谷プロダクション (Tsuburaya Production 19661967年放映 TBS系列] と謂うTV番組でも、第3話『科特隊出撃せよ (Science Patrol, Move Out)』 [監督:飯島敏宏 脚本:山田正弘 特技監督:的場徹こちらで紹介済] にも第19話『悪魔はふたたび (Demons Rise Again)』 [監督:野長瀬三摩地 脚本:山田正弘南川竜 特技監督:高野宏一] にも同様の事が謂える。

そんないくつもある物語を念頭にこの作品を、あらためて観てみる。

覚醒したミイラ人間 (Mummy Man) が求めているモノは何だったのか、それは一切、解らない。
絶命の間際、ミイラ人間 (Mummy Man) の叫びに呼応して顕われるドドンゴ (Dodongo) の正体も解らない。ただ、遺構の壁に、ドドンゴ (Dodongo) を模写したと思われる四足獣が描かれているのに、すぎない。ドドンゴ (Dodongo) とはその四足獣の絵が実体化したモノなのか、それとも、遺構のその奥に、未だ発見されざるドドンゴ (Dodongo) そのものが眠っていたか、それもわからない。
ただ、物語の終焉でヒトビトは、覚醒すると同時に亡びなければならなかったミイラ人間 (Mummy Man) とドドンゴ (Dodongo) の遺骸と、彼らを起こしてしまった結果としての殺戮と破壊の痕を眺めるだけなのだ。
我々が彼らにもたらしたのは、なんだったのだろうか、と。

だから、この作品を初めて観てから [と謂うのはその後も再放送がある度に観ていたので] 6年後の1972年、高松塚古墳 (Takamatsuzuka Tomb) が発掘されてぼく達は吃驚したのである。
否、それは”ぼく達”には、限らない。日本中が吃驚した筈だし、もしかしたら、世界中も吃驚した筈だ。だからと謂って、その際の事の顛末を詳細に語る閑も筋合いも、今のぼくにはない。
先を急ごう。
”ぼく達”が吃驚したのは、東壁に描かれた青龍 (The Azure Dragon) だ。これは、ドドンゴ (Dodongo) と一緒ではないか、と。

だからと謂って、高松塚古墳 (Takamatsuzuka Tomb) の壁画を蹴破って、青龍 (The Azure Dragon) が実体化すると思う程の、ナイーヴさを”ぼく達”が持ち合わせていた、と謂う訳でもない。
単純に、その時になって初めて、ドドンゴ (Dodongo) の肢体がああいう形状になっている理由を理解した、と謂う事なのである。

今でこそ、南に朱雀 (Vermilion Bird)、北に玄武 (Black Tortoise)、西に白虎 (White Tiger) ときて、東に青龍 (Azure Dragon) が配置されるのは、半ば常識的なモノでもある。
伝奇モノ、オカルトもの、似非史学、…、呼び方は、まぁ、なんでも良いのだけれども、その種の物語の設定には、欠かせないモノでもあるし、と同時に、最低限、その辺りを踏まえておかないと、そこで語られるモノの、物語としての根拠も揺らぐ様な代物である。
それを初めて、思い知らしめてくれたのが、”ぼく達”の場合、ミイラ怪獣ドドンゴ (Dodongo) と謂う訳なのである。

images
だから、父親の晩酌に並ぶビールのラベル を眺めながら、永い間、不思議に思っていた事がここでようやく氷解するのである。
あそこに描かれている麒麟 (Qilin) は、動物園 (Zoo) にいる麒麟 (Giraffe) とは別種の存在なのだ、と [掲載画像は番組放送当時のキリンラガービール (Kirin Lager Beer) のロゴ。画像はこちらから]。

次回は「」。

附記:
ドドンゴ (Dodongo) の姿態の特色を成すモノのひとつに、全身の基調ともなっている、あたかも渦巻く波の様な文様がある。この文様は、四肢にいくつも重なる様にあって、この文様の波形に同調するかの様に、一対の翼のかたちもそれによく似る。
それは古来より描かれている麒麟 (Qilin) にもあるモノであって、逆に謂えば、それがあるからこそ、ドドンゴ (Dodongo) は麒麟 (Qilin) に似ている、と断言する事を可能にしている訳だ。
さて、この麒麟 (Qilin) の文様だけれども、いくつもの画像を観れば観る程に、この文様は、麒麟 (Qilin) そのものの肢体に起因するモノではないのではないか、と謂う気がするのである。
彼の奔る早さを表現する為の、漫符 (Effects On Manga) の一種ではないだろうか。
もしかしたら、雲や風の描写なのかもしれない。もしかしたら、風になびく彼の体毛なのかもしれない。いずれにしろ、彼が奔るのを辞めた途端、その文様は、立ち所に消え失せてしまう様な気がするのである。
それが、ドドンゴ (Dodongo) にあっては、恒常的な文様、つまりは立体的な突起物のかたちを伴って、顕われているのである。
それは、成田亨 (Tohru Narita) 描く原画の時点から既に、みいだせる。
勿論、それはドドンゴの最大の特色である、歌舞伎 (Kabuki) における所謂馬の脚 (Legs Of Horse) の様に、ふたりのスーツ・アクター (Suit Actor) が着ぐるみ内部に入るその結果なのである。他の四足獣の着ぐるみの様に、ひとりのスーツ・アクター (Suit Actor) が四つん這いになって演じる形態であっては、この文様の効果も決して得られる事はなかっただろう。
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