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2014.02.11.05.21

どうむ

大友克洋 (Katsuhiro Otomo) の『童夢 (Domu : A Child's Dream)』 [19801981アクションデラックス連載] の物語が特異な点は、物語の登場人物の誰一人として、そこで起こっている事件の全容を把握出来ていない点だ。

物語の舞台となったマンモス団地の住人は勿論、その事件を追う捜査本部 (Investigation Headquarters) の刑事達も、ただただ、破壊に破壊されてゆくカタストロフィ (Catastrophe) の渦中にあるだけだ。目の前で繰り広げられている惨劇に立会うのが精一杯で、己が課せられた物語のなかの役割だけを演じているだけだ。

フィクションにおける、物語の登場人物達は皆、そうだろうって?
でも、例えば同じ作者の作品である『アキラ (AKIRA)』 [19821990週刊ヤングマガジン連載] を引き合いに出せば、19号ミヤコ (Miyako, Designated #19) の様に、事件全容を予め把握しているモノもあるのだ。尤も、彼女の様に特異な存在を例示しなくとも、その物語の主要な登場人物達は皆、能動的に、物語に介入しようとしている。そして、そんな彼らの意思と行動のせめぎ合いが、『アキラ (AKIRA)』 [19821990週刊ヤングマガジン連載] というおおきな物語の本質だ。

つまり、そんな『アキラ (AKIRA)』 [19821990週刊ヤングマガジン連載] の前作である『童夢 (Domu : A Child's Dream)』 [19801981アクションデラックス連載] は、それとは全く正反対の、受動態としてのヒトビト、思わぬ事件に巻き込まれていくヒトビトを描写した物語なのである。

と、大見得をきって断言すると、また、異論が出てくだろう。
事件の犯人は? ふたりの超能力者は違うだろう、と。

確かに、物語の前半は内田長二郎 (Chojiro Uchida)、通称チョウさん (Old Cho) による連続変死事件だ。子供の様な邪気のない彼の欲望が [と書くと大仰に聴こえるがつまりは「あれがほしい」「これがほしい」だ] 総ての始まりだ。だが、それを、通常は認知症 (Dementia) の老人にしかみえない彼の、隠し様もない本性だと、断言出来るのだろうか。
つまり、それと同じ事はもう一人の超能力者であるヒロイン悦子 (Etsuko)、通称エッちゃん (Etsuko) にも謂えて、チョウさん (Old Cho) を嗜めようとする彼女の正義感だけが、ふたりの対立と対決をもたらしたのだろうか、そんな想いにも辿り着くのである。

つまり、超能力 [と、この場合この名称が相応しいのかどうかは疑問だけれども] という、自身の本来のちから以上のモノが、ふたりを突き動かしているのではないか、と、ぼくは考えているのだ。
超能力を発揮しているのでも、超能力を揮っているのでもない。むしろ、その能力の依代として、その能力の媒体として、使役され酷使され奴婢と化して奉仕しているのではないだろうか。

刑事高山 (Inspector Takayama) に伴われて、マンモス団地に踏み込んだ霊媒師野々村典子 (Noriko Nonomura) は恐怖に戦きながら「子供に気をつけろ」という台詞をただ一つ遺して、物語から退場する。
そして、他のいくつもの台詞と同様に、このことば「子供に気をつけろ」も物語の中で、一切回収されないままに放置されている。
だから、このことばを面と向かって放たれた刑事高山 (Inspector Takayama) も含め、誰もが自分自身に納得がいく様なモノとして、判断する。そう、この物語を読み進める読者である、ぼく達を含めても。

この物語、決して、子供が子供本来の姿、子供としての姿を纏って登場してはいない。
チョウさん (Old Cho) もエッちゃん (Etsuko) もそうだ。
知的障害 (Intellectual Disability) の藤山良夫 (Yoshio Fujiyama) こと通称ヨッちゃん (Little Yo) もいれば三浪の佐々木勉 (Tsutomu Sasaki) もいる。吉川ひろし (Hiroshi Yoshikawa) のアルコール依存症 (Alcoholism) の父親も実はそうかもしれず、手塚さんの奥さん (Mrs. Tezuka) の子供は流産という噂があるがそれも結局は噂どまりだ。
通常ならば、一目で断定出来る筈の存在の子供が、極めて不安定な不定形なかたちとなって、いくつもいくつも、顕われては消えるのだ。

これだけの材料が揃えば、中途半端なオカルト・ホラーは幾らでも大量生産出来そうなモノなのに、決して、そちらへは向かわない。そして、向かわないが故に、謎の解明には決して向かわないばかりか、謎の顕現にも向かわない。ただただ、膨大なエネルギーの発露とその結果としての破壊だけが描写されてゆくのだ。

images
マンモス団地に浮遊するそんな得体の知れないものを霊媒師野々村典子 (Noriko Nonomura) は子供という表現で、指摘してみせたのではなかったのではないだろうか。
チョウさん (Old Cho) とエッちゃん (Etsuko) の超能力合戦の最中にみせる、マンモス団地の子供達の不思議な感応力だけを指しているのでは、絶対にないのだ(掲載画像はこちらから)。
つまり、刑事高山 (Inspector Takayama) が示した様な、認知症 (Dementia) の結果、子供の様な振舞に徹するチョウさん (Old Cho) を、その正体とするのは、極めて、軽率な様にぼくには思えるのである。

子供という得体の知れないモノに攪乱されて、徹底的な破壊へと到る物語、『童夢 (Domu : A Child's Dream)』 [19801981アクションデラックス連載] をその様に位置付けて考えるのは、どうだろうか。
そして、その得体の知れない存在、子供に、明確な意志を持たせたらどうなるだろうか、これが次作『アキラ (AKIRA)』 [19821990週刊ヤングマガジン連載] なのではないのだろうか。

次回は「」。

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