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2014.02.04.06.07

くりんといーすとうっど

ふと、”スティーブ・マックイーン (Steve McQueen) になれなかったおとこ”と謂うことばが頭の中に浮かぶ。
それは一体、誰なのだろうか。

かつての彼の全盛時代に、ある種のジャンルの作品に出演していた俳優達の誰にも、このことばが該当するかもしれないし、勿論、それは過去の事とは限らない。現在活躍中の俳優達にも、そして、これから活躍するかもしれない俳優達にも、このことばはそのまま適用出来てしまうかもしれない。
それ程に、スティーブ・マックイーン (Steve McQueen) という俳優の存在は大きいとは思うのだろうけれども、そこで納得したら、この駄文はこれで終わりだ。

表題に掲げた俳優兼映画監督の事には、一切、触れず仕舞となってしまう。
だから、もう少し、続けてみる。

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例えば、映画『タワーリング・インフェルノ (The Towering Inferno)』 [ジョン・ギラーミン (John Guillermin) 監督作品 1974年制作] には、ポール・ニューマン (Paul Newman) が建築家ダグ・ロバーツ (Doug Roberts, the Architect) の役で出演している。だが、これは本来はスティーブ・マックイーン (Steve McQueen) が演じる筈だった役だ。当初、建築家ダグ・ロバーツ (Doug Roberts, the Architect) の役でオファーが来ていたモノの、自身に相応しくないといって断り、代わりに脚本にはなかった消防士としての出演を提案する。それが、彼がこの映画で演じた役、マイケル・オハラハン隊長 ( Michael O’Halloran, San Francisco Fire Department 5th Battalion Chief) なのである。
と、書いてしまうと、ポール・ニューマン (Paul Newman) は、どうしてどうして、”スティーブ・マックイーン (Steve McQueen) になれなかったおとこ”と謂う呼称に相応しいのかもしれない。
だが、今、ここに書いたある映画の制作秘話を厳格に読み直してみれば、ポール・ニューマン (Paul Newman) は”スティーブ・マックイーン (Steve McQueen) になれなかったおとこ”ではない。むしろ、”スティーブ・マックイーン (Steve McQueen) がならなかったおとこ”と謂うべきなのかもしれない。

だからと謂って、ここで登場した新たな呼称が、唯一無二の存在として、その栄誉を担っているとは限らない。
と、謂うのは、数多くの映画主演のオファーを、悉く、相応しい役柄ではない、と謂って、スティーブ・マックイーン (Steve McQueen) は、断り続けていたのである。
映画『カッコーの巣の上で (One Flew Over The Cuckoo's Nest)』 [ミロス・フォアマン (Milos Forman) 監督作品 1975年制作]、映画『遠すぎた橋 (A Bridge Too Far)』 [リチャード・アッテンボロー (Richard Attenborough) 監督作品 1977年制作]、映画『未知との遭遇 (Close Encounters Of The Third Kind)』 [スティーヴン・スピルバーグ (Steven Spielberg) 監督作品 1977年制作]、映画『地獄の黙示録 (Apocalypse Now)』 [フランシス・フォード・コッポラ (Francis Ford Coppola) 監督作品 1979年制作]、挙げて行けばきりがない。その結果、彼の代わりを演じたモノも多い上に、本来ならば、彼が浴びるべき称賛を彼の代わりとなって浴びたモノも、数が知れない訳である。
だからと謂って、それらの映画作品に於いて、スティーブ・マックイーン (Steve McQueen) の”代役”を演じた俳優達を “スティーブ・マックイーン (Steve McQueen) になれなかったおとこ”と、一刀両断する訳にはいかない。嘘だと思うのならば、”代役”達が出演したその映画を観ればいい。

では、ここでようやく、クリント・イーストウッド (Clint Eastwood) に登場願おう。

スティーブ・マックイーン (Steve McQueen)クリント・イーストウッド (Clint Eastwood) の経歴を並べてみると、とてもよく似ている事に吃驚する。
出生年は同じ1930年。二人とも、TVドラマの西部劇の主役 [『拳銃無宿 (Wanted Dead Or Alive)』 [19581961CBS放送] と『ローハイド (Rawhide)』 [19591965CBS放送] ] を演じて頭角をなし、映画作品で認められたのも西部劇作品 [映画『荒野の七人 (The Magnificent Seven)』 [ジョン・スタージェス (John Sturges) 監督作品 1960年制作] と映画『荒野の用心棒 (Per un pugno di dollari / A Fistful Of Dollars)』 [セルジオ・レオーネ (Sergio Leone) 監督作品 1964年制作] ] である。前者はハリウッド (Hollywood) で、後者はチネチッタ (Cinecitta) で、とその場所は違うモノの、どちらも黒澤明 (Akira Kurosawa) 監督の時代劇作品 [映画『七人の侍 (Seven Samurai)』 [1954年制作] と映画『用心棒 (Yojimbo)』 [1961年制作] ] の翻案だ。
そして、ふたりとも、一風変わった (?) 戦争映画で”主役”として登場する等 [映画『大脱走 (The Great Escape)』 [ジョン・スタージェス (John Sturges) 監督作品 1963年制作] と映画『戦略大作戦 (Kelly's Heroes)』 [ブライアン・G・ハットン (Brian G. Hutton) 監督作品 1970年制作] ] 、単なる西部劇俳優からは徐々に脱却していって、俳優としてのポジションを確立して行く。
1980年に、前者が亡くなるまでは、それぞれがそれぞれのポジションで、いくつもの名作を遺している。

そして、前者が亡くなった頃から後者は映画監督としても頭角を顕して来たが、もし仮に、前者が現在も生存していたら、果たして、どうなのか。

と、謂うのは、この拙稿の冒頭に掲げた映画『タワーリング・インフェルノ (The Towering Inferno)』 [ジョン・ギラーミン (John Guillermin) 監督作品 1974年制作] の挿話の様に、映画作品の企画改変にも近い程の、重要な提案を、前者はいくつもしてきたからだ。
映画『大脱走 (The Great Escape)』 [ジョン・スタージェス (John Sturges) 監督作品 1963年制作] で彼が演じた、独房王 (The Cooler King) ことバージル・ヒルツ米陸軍航空隊大尉 (Capt. Virgil Hilts) がオートバイで疾走するのも、映画『ゲッタウェイ (The Getaway)』 [サム・ペキンパー (Sam Peckinpah) 監督作品 1972年制作] で、クインシー・ジョーンズ (Quincy Jones) が音楽を担当したのも、彼の進言あっての事だ。俳優と謂う、映画作品のひとつの駒には収まりきれないのだ。
スティーブ・マックイーン (Steve McQueen) の死後から、40年近い時が経過している。つまり、時間だけをあげつらえば、彼の俳優人生がまるまる収まる時間だ。その永い時間の蓄積の中で、クリント・イーストウッド (Clint Eastwood) のその間の業績をみたその上で、もし仮にとか、謂いだしてしまえば、いくらでも、彼が遺しえた業績の可能性は、決して小さくない様に、思える。

と、ここまで書いてきて、本題であるところの、クリント・イーストウッド (Clint Eastwood) にとって、スティーブ・マックイーン (Steve McQueen) はなにか? と問い糺してみても、まだ、その答えは出てこない。
と、謂うのは上に書き出した、ふたりの経歴の照会は、ぼく自身にとっての、都合のいいモノでしかないからだ。
ふたりともそれぞれに映画『パピヨン (Papillon)』 [フランクリン・J・シャフナー (Franklin J. Schaffner) 監督作品 1973年制作] と映画『アルカトラズからの脱出 (Escape From Alcatraz)』 [ドン・シーゲル (Don Siegel) 監督作品 1979年制作] と、脱獄を主題にした作品に出演しているが、それがそれ以上の意味を持ち得るのか、ぼくにはそれを語る/ 騙る為の、なんの自信も論拠も持ち合わせてはいない。

ただ、次の様な事は謂えるのかもしれない。

随分前に、ぼくはスティーブ・マックイーン (Steve McQueen) は、逃げるモノだと書いた [こちらこちらを参照]。
自らの生命、愛するモノの生命、もしくはそれに比肩しうる業績や名誉やアイデンティティーを、得る為に護る為に、映画の中の彼は逃げるのだ。それは最早、賭けとしては成立し得ないモノだ。それらを得る為に護る為に、それをそのまま、危険な渦中に投げ出してしまう事に他ならないからだ。にも関わらずに、否、それ故にこそ、彼が演じた役は、逃げるのだ。しかも、その殆どの場合、見事に逃げ果せてしまうのだ。

それと同じモノを、クリント・イーストウッド (Clint Eastwood) から見出せるかと問えば、そこにあるのは、それとは180度、対称的な姿だ。

彼は、その逃げるモノを追う方の立場にあるからだ。しかも、彼は殆ど、動かない。
彼の当り役で、全5作品も創られたダーティハリー・シリーズ (Dirty Harry Series は象徴的なのだ。
彼の標的と化した犯人=獲物の行方を見定めて、手にした44マグナム弾装塡のスミス・アンド・ウェッソン M29 (Smith And Wesson Model 29 With Magnum 44) でゆっくりと、しかも確実に仕留める。

映画『大脱走 (The Great Escape)』 [ジョン・スタージェス (John Sturges) 監督作品 1963年制作] で、オートバイに乗った独房王 (The Cooler King) ことバージル・ヒルツ米陸軍航空隊大尉 (Capt. Virgil Hilts) [演:スティーブ・マックイーン (Steve McQueen)] に比して、映画『戦略大作戦 (Kelly's Heroes)』 [ブライアン・G・ハットン (Brian G. Hutton) 監督作品 1970年制作] で、ケリー二等兵 (Private Kelly) [演:クリント・イーストウッド (Clint Eastwood)] がオッドボール軍曹 (Sergeant "Oddball") [演:ドナルド・サザーランド (Donald Sutherland)] を勧誘し、彼の指揮するシャーマン戦車 : M4中戦車 (Sherman Tank : Medium Tank M4) と行動をともにするのは、そおゆう訳なのだ。

もしかしたら、動かないのではない。その重装備によって、動けないのかもしれない。
映画『荒野の用心棒 (Per un pugno di dollari / A Fistful Of Dollars)』 [セルジオ・レオーネ (Sergio Leone) 監督作品 1964年制作] の、クライマックスである一騎打ちの果たし合いで、時によそ者 (The Foreigner) とかジョー (Joe) と呼ばれる名無しの男 (The "Man With No Name" / Uomo senza nome) [演:クリント・イーストウッド (Clint Eastwood)] が掟破りに近いかたちで勝利と己の生命を得るのもそんな理由にあるのかもしれない。
ダーティハリー・シリーズ (Dirty Harry Series の第1作、映画『ダーティハリー (Dirty Harry)』 [ドン・シーゲル (Don Siegel) 監督作品 1971年制作] で、誘拐された人質を盾に、ハリー・キャラハン (Harry Callahan) 刑事 [演:クリント・イーストウッド (Clint Eastwood)] が犯人スコルピオ (Scorpio) [演:アンディ・ロビンソン (Andy Robinson)] によって、夜のサンフランシスコ (City And County Of San Francisco) の街の中を徒労の中、翻弄されるのも、彼の遅さ、動けなさに起因しているのかもしれない。
逆に考えれば、もし仮に、スティーブ・マックイーン (Steve McQueen) がその時のハリー・キャラハン (Harry Callahan) 刑事だったのならば、決して、このシーンの迫力と迫真は産まれないのかもしれない。それ程に、スティーブ・マックイーン (Steve McQueen) の、他の作品で発揮していたその逃げ足から勘案すれば、すぐにでも、犯人に追いついてしまいそうな気がするのだ。
ちなみに、自らの失態によって窮地に陥る警察官という役回りを、スティーブ・マックイーン (Steve McQueen) は映画『ブリット (Bullitt)』 [ピーター・イェーツ (Peter Yates) 監督作品 1968年制作] で既に演じている。物語の舞台もサンフランシスコ (City And County Of San Francisco) であって、その地特有の坂道の多い道路を疾走するカー・チェイスが見せ場になっている。

逆の視点から謂えば、スティーブ・マックイーン (Steve McQueen) 程、重火器が似合わない俳優は他にいないのではないか。
映画『ゲッタウェイ (The Getaway)』 [サム・ペキンパー (Sam Peckinpah) 監督作品 1972年制作] では、乱射される散弾銃 (Shotgun) の威力と破壊力がその映画の魅力の一つだけれども、でも彼が打ち続けるその散弾銃 (Shotgun) よりも、アリ・マッグロー (Ali MacGraw) が扮する彼の妻が必死の想いで放つ数発の拳銃の方が、凄まじく印象的で、しかも物語の中でも重い存在なのだ。

スティーブ・マックイーン (Steve McQueen) 作品の主役として、クリント・イーストウッド (Clint Eastwood) をその代役として夢想する事、もしくはその全く逆の、クリント・イーストウッド (Clint Eastwood) 作品の主役として、スティーブ・マックイーン (Steve McQueen) をその代役として夢想する事。
あり得そうでありながら、絶対に不可能だと思えてしまう。

次回は「」。
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