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2014.01.31.09.50

Doctor! Doctor!

そのおんなは患者につきっきりだった。

そう言い切ってしまうのには語弊がある。そこでは面会時間が定められていて、しかもその部屋は個室ではない。彼女が患者につきまとえるのは、1日のうちのわずか数時間だ。
にもかかわらずに彼女は、その時間の始まる数時間前から受付のまえに立ち、その時間が終わって看護師達にむりやり追い払われるまでずっと、患者のそばにいた。

いま、「つきまとう」と書いた。まさに、そんな感じだ。
医師達にも、看護師達にも、そして同室の患者やそのつきそい達、だれもがそう感じた。

とうの患者はいまだ昏睡状態にある。だから、彼女がここにいることも、彼女がここでしていることも、一切はわかっていない。

患者が運びこまれたのは、数週間前だ。ある日、突然、街中でたおれたという。
だから搬送の際に、つきそっていたのは、発見者達によってよびだされた警官だった。
所持品で、患者の素性はすぐにしれた。
患者の関係者のいくつかに連絡が、すぐにつく。
そして、あらわれたのが彼女だった。

集中治療室に最初にはこびこまれた患者はすぐに、一般病棟に移送された。
あらゆるものに異常がなかったからだ。
生命維持にかかわるものの殆どがとりはずされた。
だが、たおれた原因も病名もわからない。いや、それ以前に、患者の意識がもどらない。
はためには、ねむっているも同然だった。

「なにかあったら、このナース・コールをおしてください」
いつものように、だれもがするように、きまりきったことばを発したその看護師は、すぐに後悔した。
なにかあるたびに、彼女がおすからだ。しかも、なにもなくても彼女はおす。

いや、なにかがあれば、それは仕事だ。すぐに適切な処置をしなければならない。
だが、そのなにかは、彼女にとってのなにかだ。医師達、看護師達にとってのなにかではない。

もっとも、それは彼女にかぎってのことではない。つきそいのものは常に不安だ。その不安から逃れるように、ナース・コールをおす。そして、その不安を解消するために、看護師や医師がかけつける。
つまり、ほとんどの場合、ナース・コールは患者のためではなく、そのつきそいのためにあるのだ。

だが、それも最初のうちだけだ。
時間とともに、月日のたつうちに、なれてしまうものだ。
回復にむかえば当然だし、たとえその逆であっても、べつのものがみえるだけなのだ。そして、つきそい達はそちらのほうしか、みなくなる。

にも、かかわらずに、彼女はたえず、看護師や医師をよびつけては、そこでみたもの、そこできいたものを報告した。
そのほとんどが、彼女にしかみえないもの、彼女にしかきこえないもの、だった。

患者はいたって安静で、ただ、意識だけがいまだにもどらない。

[the text inspired from the song “Doctor! Doctor!” from the album “Into The Gap” by Thompson Twins]


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