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2014.01.14.11.46

ぶらっくばーど

ポール・マッカートニー (Paul Mccartney) 作の、その曲の歌詞はこうして始まっている。
「ブラックバード・シンギング・イン・ザ・デッド・オヴ・ナイト。 (Blackbird singing in the dead of night)」

文字面だけを追っかけてみれば、「死 (The Dead)」という言葉に出くわしてその言葉にたじろいでしまうと、闇や凶兆を想わせる「黒い鳥 (Blackbird)」が反照されて姿を顕す。
それではまるで、エドガー・アラン・ポー (Edgar Allan Poe) の『大鴉 (The Raven)』 (1845年発表) で「またとなけめ (Nevermore)」 [訳:日夏耿之介 (Hinatsu Konosuke)] と不吉に哭くあの鳥の様ではないか。

だが、きちんと調べてみると、なんの事はない。
イン・ザ・デッド・オヴ・ナイト (In The Dead Of Night)」は「真夜中 (Midnight)」を表す成句であって、「ブラックバード (Blackbird)」は学名 (Binomial Nomenclature) Turdus merulaのクロウタドリ (Common Blackbird)、この歌詞の邦訳では概ね (Naumann's Thrush) [学名 (Binomial Nomenclature):Turdus naumanni Temminck] とされる。

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英語 (English) を解せないモノとしては陥りがちな罠がそこにはあるのだけれども、果たして、ネイティヴなヒトビトはどうなのだろうか。
上記掲載画像は、ジョン・ジェームズ・オーデュボン (John James Audubon) 描く『クロウタドリ (Common Blackbird)』 [ (画像はこちらから)]。

と謂うのは、この楽曲が収録されたザ・ビートルズ (The Beatles) のアルバム『ザ・ビートルズ (The Beatles):通称ホワイト・アルバム (The White Album)』 [1968年発表] の、この楽曲のひとつ前の収録曲であるジョン・レノン (John Lennon) 作の『アイム・ソー・タイアード (I’m So Tired)』のエンディング間際では、ジョン・レノン (John Lennon) が謎の言葉を囁いているからなのだ。
「ポール・イズ・ア・デッド・マン。ミス・ヒム。 ミス・ヒム。ミス・ヒム。 (Paul is a dead man. Miss him. Miss him. Miss him.)」と。
その台詞をこう聴き取ったヒトビトは、アルバム『アビイ・ロード (Abbey Road)』 [1969年発表] 当時、巷間に囁かれていたポール・マッカートニー死亡説 (Paul Is dead) の、例証のひとつとして挙げたのだ。

勿論、この「ポール・イズ・ア・デッド・マン。ミス・ヒム。 ミス・ヒム。ミス・ヒム。 (Paul is a dead man. Miss him. Miss him. Miss him.)」は単なる聴き違いで、実際には「ムッシュウ、ムッシュウ、ハウ・アバウト・ アナザー・ワン。 (Monsieur, monsieur, how about another one?)」と謂っているのに過ぎない。

だけれども、そんな様に不吉の呪文の様な、死や闇や凶兆を匂わせる様な語句と聴き間違いを誘導させるモノとして、もしかしたら、『ブラックバード (Blackbird)』の歌詞冒頭は、機能していないだろうか。

いや、少なくとも、作詞者であるポール・マッカートニー (Paul Mccartney) の中では、「ブラックバード (Blackbird)」の「ブラック (Black)」 に呼応して「デッド (Dead)」と謂う語句を基と成す成句「イン・ザ・デッド・オヴ・ナイト (In The Dead Of Night)」が導きだされたのではないだろうか。

と謂うのも、曲の後半に登場する、ブラックバード (Blackbird) に飛翔を促す歌詞「イントウ・ザ・ライト・オヴ・ザ・ダーク・ブラック・ナイト。 (Into the light of the dark black night)」があまりにも鮮やかな輝きに満ちたモノに観えるからだ。
この一連の語句の中にある「光 (The Light)」が輝かしく観える / 聴こえるのも、前半部に於ける、暗い、呪われた語句の連なりがあるから、ではないだろうか。

次回は「」。

と、ここで終わって良いかもしれないけれども、もう少し、この楽曲について綴ってみる。
それはこの曲で唄われている「ブラックバード (Blackbird)」とはなんなのか、一体誰の事なのか、と謂う問題だ。

この曲をデヴュー・アルバム『野生 (Wild Seed – Wild Flower)』 [1993年発表] でカヴァー [こちらで試聴可能] したディオンヌ・ファリス (Dionne Farris) に謂わせると、非差別種族である黒人達 (Black People) と謂う事になる。

だけれども、ぼくはもう少し、ポール・マッカートニー (Paul Mccartney) 自身の個人的なモノがそれを唄わせている様な気もする。

1968年当時のザ・ビートルズ (The Beatles) は、ザ・ビートルズ (The Beatles) というひとつのバンドであるよりも、ジョン・レノン (John Lennon)、ポール・マッカートニー (Paul Mccartney)、ジョージ・ハリソン (George Harrison)、リンゴ・スター (Ringo Starr) という4人の集合体でしかなかった。
その年まるまる1年を費やしてレコーディングした『ザ・ビートルズ (The Beatles):通称ホワイト・アルバム (The White Album)』 [1968年発表] が全30曲収録の2枚組LPとして、まっしろなジャケットにコーティングされて発表されたのが、その好例だ。4人の個性をひとつのパッケージに収める事も、ひとつの色で染め上げる事も出来ず、創られてレコーディングされたほぼ全曲をそのままのレアな形でしか提供出来なかったのだ。
その制作過程も、ザ・ビートルズ (The Beatles) のレコーディングと謂うよりも、ジョン・レノン (John Lennon) と彼のバック・バンド、ポール・マッカートニー (Paul Mccartney) と彼のバック・バンド、ジョージ・ハリソン (George Harrison) と彼のバック・バンドとしてのそれと謂わざるを得ない状況だった。曲を創ったモノが総てのイニシアティヴを握り、その人物の采配に基づいて演奏する。もしも、リンゴ・スター (Ringo Starr) と彼のバック・バンドという環境も成立し、しかもその配分が総て1対1対1対1のイーブンであるのならば、誰もが満足のいくモノだったのかもしれないが、決してそうなる訳ではない。リンゴ・スター (Ringo Starr) はそれに耐えきれずに、僅か数日 [8月22日木曜日 (Thursday 22 August) ~9月4日水曜日 (Wednesday 4 September)] だけれどもレコーディング期間中に”脱退”してしまう [この間、『バック・イン・ザ U.S.S.R. (Back in the U.S.S.R.)』のドラムはポール・マッカートニー (Paul Mccartney) によってなされ、シングル『ヘイ・ジュード (Hey Jude) c/w レヴォリューション (Revolution)』が8月30日金曜日 (Friday 30 August) に発売されている]。
他のメンバーの説得によって、それは撤回されるのだけれども、リンゴ・スター (Ringo Starr) にその様な行動をとらせるモノの正体は、本当はなんだったのか。

ただ、そんな得体の知れないモノは、当時の関係者の証言を振り返っても解る筈もない。

解る筈もないけれども、実際に例えば、『ブラックバード (Blackbird)』がアビーロード (Abbey Road Sutdio) 第2スタジオでポール・マッカートニー (Paul Mccartney) 主導でレコーディングされた6月11日火曜日 (Tuesday 11 June) は、おなじ第3スタジオでジョン・レノン (John Lennon) が『レヴォリューション9 (Revolution 9)』を制作しているのである。

だから、この現状を踏まえれば本来、『アイム・ソー・タイアード (I’m So Tired)』でのジョン・レノン (John Lennon) の謎の囁き「ムッシュウ、ムッシュウ、ハウ・アバウト・ アナザー・ワン。 (Monsieur, monsieur, how about another one?)」は、「失礼ですが、別の方の曲は如何でしょうか」と訳せる様なモノなのである。
だけれども、『アイム・ソー・タイアード (I’m So Tired)』と謂う曲を聴けば解る様に、この曲は、作者であるジョン・レノン (John Lennon) が肉体的にも精神的にも、非常に追い込まれた心情を吐露したモノ。
と、なると件の囁きは「おまえの方はどうだい」とも、「おまえは辛くないのかい」とも、そんな深読みを誘発させてくれるモノなのだ。

そして、その問いに対する、ポール・マッカートニー (Paul Mccartney) からの回答が『ブラックバード (Blackbird)』と、解釈出来ないだろうか。

随分昔に読んだ言葉なので、誰からのどこからの引用かは憶えてはいないのだけれども、ジョン・レノン (John Lennon) のかく歌を一人称の歌と呼ぶのならば、ポール・マッカートニー (Paul Mccartney) のそれは三人称の歌だ。
前者が後者の歌をうたえない様に、後者もまた前者の歌をうたえない。

あらためて。
次回は「」。

附記:
単純なギター弾き語りの様相をもつ『ブラックバード (Blackbird)』が印象深いのは、そのメロディー・ラインのせいでも、そのギター・フレーズのせいでも、ここで取り上げた歌詞のせいでもない。
曲中、ずっと鳴り響いている、コツコツという謎の音のせいだ。
香月利一 (Toshikazu Katsuki) の顕したザ・ビートルズ (The Beatles) の研究書では、ギターを弾きながらリズムをとるポール・マッカートニー (Paul Mccartney) の靴音としていたし、マーク・ルイソン (Mark Lewisohn) の『ザ・ビートルズ レコーディング・セッションズ (The Beatles Recording Sessions)』では、メロトロン (Mellotron) の音としている。
音の出所はともかく、問題なのは、この音をどうして遺したのかという事だ。
大昔の言葉で謂うとメトロノーム (Metronom) の代わり、昔の言葉で謂うとドンカマ (Donkamatic) の代わり、今の言葉で謂うとクリック (Click) の代わり、つまり、演奏中のガイドとして一定の拍数を刻んだ音でしかないし、通常ならば完成音源では削除されても差し支えない音でもある。
また、逆に、そんな補助的な役割として並べられた音や声が、当初の予定とは違って、削除されずに本採用される事も多々、あり得る事なのである。よくある例として、曲冒頭のリズムを取るカウント [それはスティック (Drum Stick) による場合もあるし、ドラマーの声の場合もある] が挙げられる。
果たして、この音はどちらなのだろうか。
6月11日火曜日 (Tuesday 11 June) のレコーディングでは、計32回のテイクが取られていて、このうち完奏したのは11テイク。”未発表音源”を収録した『ザ・ビートルズ・アンソロジー3 (Anthology 3)』 [1996年発表] では、第4テイク (The 4th. Take) が収録されているけれども、そこでもこの音を聴く事は出来る。だから、早い段階からこの音は鳴り響いていた訳だけれども、それはそのままの形で、解を得る事にはならない。
一体、いつ、どのタイミングで、この音が採用されたのか。ある意味、ポール・マッカートニー (Paul Mccartney) と謂う稀代のソング・ライターの魅力のありどころが解明されるかもしれない様な、おおきな謎と謂えるとぼくは想っているのだけれども。
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