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2008.02.19.19.30

やちぐさかおるがえんじたふじちよというおんな

己の情愛をもてあまし、外道に堕ちた女は決して少なくはない。
しかも、その情愛の対象が他ならぬヒトデナシである場合の、女の堕ちゆくさきは、哀れを通り越して、怖しいものがある。

ヒトデナシに恋焦がれられるも、そのヒトデナシを倒す術しか持たない女。
愛したものがヒトデナシであるが故に、ヒトデナシの救済に邁進する女。

処世が不得手な上に、己の住まう世界から逃れる術がない。しかも、その困窮した状況に手を差し伸べた男が、コトもあろうにヒトならざるヒトだったのだ。
男の申し出を受け入れるのは、共に地獄に住まうモノとなる事、しかし、それを拒絶すれば、この世に地獄を見い出す事になる。

ヒトデナシに愛された女もまた、ヒトデナシにならざるを得ないのか?

常識を非合理が侵犯し、条理を非現実が呑込もうとする。だからと言って、己を受け入れてくれる日常への退路は、既に閉ざされている。
延命が否定され四面楚歌となった瞬間に、女は乾坤一擲の己を、周囲のモノどもに魅せる。
ヒトデナシもまた、それに魅入られて、女と同道して、果てて逝く。

女がふるう、最初で最期の刃の鋭さは、唯一にして無比。

否、たったひとつ、その女に先ずるもう一人の女があった。

森鴎外(Mori Ogai)が、短編『最後の一句』の主人公に据えた少女いちである。
その少女の放ったそのことばは、オトナ達を震撼させ、彼らに恐怖と絶望を与えるのに充分だった。
お上の事には間違はございますまいから
いちは、このことばによって、守らねばならぬモノ一切を守りきった。

しかし、藤千代が守ったモノは、否、守りたかったモノは、なんだったのだろうか?
エンドマークの大写しを観る度に、やりきれなさだけが後に遺される。

images

映画『ガス人間第一号The Human Vapor)』で八千草薫(Kaoru Yachigusa)が演じた藤千代という女は、そんな女である。

次回は「な」。
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