2013.12.20.08.04
ようやく辿り着いたその国の、入国管理局のデスクに座らされて、数枚の書類を渡された。
名前、国籍、現住所、ビザや写真や提出書類の有無、パスポートナンバー、それらはすべて想定通り、予定通りのものだ。ただ、面倒なのは、その総てを英語と自国語、そしてさらにその国の公用語で書かなければならない、という事だ。その面倒臭さの理由は勿論、ぼくがその国に来た目的に関わるものだ。単なる観光とは違う。だから、避けようにも避けられない手続き事項のひとつでもあるのだけれども、同じ内容のものを、三か国語で書き分ける手間は、さすがにうんざりさせるものがある。
そうして、みっつの言葉に翻弄されながらも、書きなぐって、ようやく、最期の書類に辿り着いた。有に数時間が経っていた。そんなぼくの奮闘を知ってか知らずか、担当者はぼくと目が合うたびに、にっこりと微笑む。そうさ、少なくともこの書類の束を提出するまでは、ぼくはお客様だからな。事と次第によっては、丁重にそのままお帰り頂く場合もあるだろうけれども、大概の場合は、大事な外貨をもたらす金づるなのだ。そうさ、彼の笑顔をそのまま額面通りに受け取ってはいけないのさ。
最期のその書類は、全く持って、風変わりなものだった。
何故ならば完全な白紙。一言も、一字も、文字の書かれていないのだ。
いや、それよりも先に、紙質について気づくべきなのかもしれない。
他の書類と違って、厚みもあるし、触った感触も独特だ。色も白というよりも、別の色が着色されているのかもしれない。匂うのか。いや、気のせいだ。
ぼくの困惑に気づいたのかどうか、担当者はにっこりと微笑んだ。
そして、その国のことばでこう言った。
さいごの書類ですね。ご自由に、あなたのおすきな様にお書き下さい。なにを書いても、また、なにも書かなくても、自由です。ただ、最後に署名だけは頂きます。
書き損じても、再支給はいたしません。それにそのまま書き続けて下さい。
そんな不思議な説明を受けても、皆目、見当もつかない。
どの言語を用いるべきなのか。ぼく自身について記せばいいのか。それとも、この国について記せばいいのか。それとも、あなたの事でも綴ればいいのか。
そんなふうに、彼といくつかのやりとりを経て、覚悟を決めて、ようやく書き始める事にした。
結局、ぼくの国の言葉で書いた。内容は、至極、穏健なものだ。そう、思う。
これまでさんざ、書かされていた書類の内容をもう一度、繰り返しているだけなのだ。ぼくという人物がぼくの国からこの国に来た目的を縷々書き連ねた、という訳だ。
最後に、日付とサインをしてから、彼に手渡した。
ざっと見渡した彼は読んだのだろうか。そもそも、ぼくの国の言葉を解せるのだろうか。
しかし、そんな心配を他所に、彼は日付と署名を確認して、また、にっこりとこちらに微笑んだ。
では、この書類に血印を押してもらいます。
その言葉が終わるや否や、ぼくの親指は傷つけられて、否応もなく、署名のとなりに強くおしつけられた。
そして、あっけにとられているぼくをそのままにして、一気にその書類に火をつけ、燃やしてしまう。
これですべての手続きは完了です。
遠路よりはるばる、よくいらっしゃいました。
出来うる限りの歓迎を致します。
我が国に、ようこそ。
彼はぼくに握手を求めてきた。
[the text inspired from the song "Xanadu" by Rush]
名前、国籍、現住所、ビザや写真や提出書類の有無、パスポートナンバー、それらはすべて想定通り、予定通りのものだ。ただ、面倒なのは、その総てを英語と自国語、そしてさらにその国の公用語で書かなければならない、という事だ。その面倒臭さの理由は勿論、ぼくがその国に来た目的に関わるものだ。単なる観光とは違う。だから、避けようにも避けられない手続き事項のひとつでもあるのだけれども、同じ内容のものを、三か国語で書き分ける手間は、さすがにうんざりさせるものがある。
そうして、みっつの言葉に翻弄されながらも、書きなぐって、ようやく、最期の書類に辿り着いた。有に数時間が経っていた。そんなぼくの奮闘を知ってか知らずか、担当者はぼくと目が合うたびに、にっこりと微笑む。そうさ、少なくともこの書類の束を提出するまでは、ぼくはお客様だからな。事と次第によっては、丁重にそのままお帰り頂く場合もあるだろうけれども、大概の場合は、大事な外貨をもたらす金づるなのだ。そうさ、彼の笑顔をそのまま額面通りに受け取ってはいけないのさ。
最期のその書類は、全く持って、風変わりなものだった。
何故ならば完全な白紙。一言も、一字も、文字の書かれていないのだ。
いや、それよりも先に、紙質について気づくべきなのかもしれない。
他の書類と違って、厚みもあるし、触った感触も独特だ。色も白というよりも、別の色が着色されているのかもしれない。匂うのか。いや、気のせいだ。
ぼくの困惑に気づいたのかどうか、担当者はにっこりと微笑んだ。
そして、その国のことばでこう言った。
さいごの書類ですね。ご自由に、あなたのおすきな様にお書き下さい。なにを書いても、また、なにも書かなくても、自由です。ただ、最後に署名だけは頂きます。
書き損じても、再支給はいたしません。それにそのまま書き続けて下さい。
そんな不思議な説明を受けても、皆目、見当もつかない。
どの言語を用いるべきなのか。ぼく自身について記せばいいのか。それとも、この国について記せばいいのか。それとも、あなたの事でも綴ればいいのか。
そんなふうに、彼といくつかのやりとりを経て、覚悟を決めて、ようやく書き始める事にした。
結局、ぼくの国の言葉で書いた。内容は、至極、穏健なものだ。そう、思う。
これまでさんざ、書かされていた書類の内容をもう一度、繰り返しているだけなのだ。ぼくという人物がぼくの国からこの国に来た目的を縷々書き連ねた、という訳だ。
最後に、日付とサインをしてから、彼に手渡した。
ざっと見渡した彼は読んだのだろうか。そもそも、ぼくの国の言葉を解せるのだろうか。
しかし、そんな心配を他所に、彼は日付と署名を確認して、また、にっこりとこちらに微笑んだ。
では、この書類に血印を押してもらいます。
その言葉が終わるや否や、ぼくの親指は傷つけられて、否応もなく、署名のとなりに強くおしつけられた。
そして、あっけにとられているぼくをそのままにして、一気にその書類に火をつけ、燃やしてしまう。
これですべての手続きは完了です。
遠路よりはるばる、よくいらっしゃいました。
出来うる限りの歓迎を致します。
我が国に、ようこそ。
彼はぼくに握手を求めてきた。
[the text inspired from the song "Xanadu" by Rush]
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