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2013.05.21.11.09

ようかいひゃくものがたり

あおぼうずあぶらすましいつかくだいおういつぽんあしのからかさうしおにうばがびうまおにおいてけぼりおしろいばばあおとろしおほくびおんもらきかつぱからすてんぐきやうこつけじやうろうつちころびどろたぼうとんずらのつぺらぼうばけちようちんはんにやひとだまひとつめこざうひふきばばあひようすべぬつぺつぽうぬらりひよんろくろくび

以上が、映画映画『妖怪百物語 (Yokai Monsters : One Hundred Monsters)』 [安田公義 (Kimiyoshi Yasuda) 監督作品 1968年制作] に登場する怪異の、その総てである。猶、上記は映画内のキャスティングとしての表記ではない。それらの出典元である『画図百鬼夜行 (Gazu Hyakki Yagyo)』 [鳥山石燕 Toriyama Sekien) 画1776年刊行] での表記を念頭にして、キャステイング名を歴史的仮名遣いに開いたモノである。その方が視覚的にも語覚的にも、怪異本来がもつ得体の知れなさが表現出来ると想ったからだ。
という訳で、上に並ぶモノどもを読む際は、可能な限り、声を潜めて発話してみて頂きたい。

この映画は封切り時にリアル・タイムで観ている。さすがにその際は、この記事の時の様な単独行動が採れる訳もなく [なんてったって未就学児童だもの]、3歳下の弟と父兄同伴で、観に行った筈だ。とは言うものの、当時、ぼくの棲んでいるところからものの5分と歩かない場所に2軒、映画館が軒を連ねていたから、平日の昼下がり、普段着のままに、母ないしは当時近隣に棲んでいた祖母に連れられて、出向いたと想う。

映画を観に行く当日よりも、それまでの間が実は、待ち遠しいと同時に、愉しい時間だったりもしたのだ。
この映画が次回上映作としてポスターが貼り出され、しばらくすると、映画館入口にその映画のスティル写真が何枚も張り巡らされて、さらに公開直前になると、大きな看板が立てられるのである。
そうして、その間に、映画に登場する主だった妖怪達の姿格好と名前を殆ど、憶えてしまうのである。
それはぼくに限った事ではない。近所に棲んでいた同世代の子供達はみんなそうだったと、想う。ルーキー新一演じる野箆坊 (Noppera-bo) の、なにもない筈の顔に悪戯書きをして怒られた剛のモノもあるし、運が良ければ、映画館の従業員から、スティル写真の不用になったモノや、上映中に出来てしまうフィルムの切り屑等ももらえたモノなのである。
それに第一、2館のうちの1館には、ぼくと同学年の子が棲んでいたのだから、尚更だ。

ところで、この映画は、映画『ガメラ対宇宙怪獣バイラス (Gamera vs. Viras)』 [湯浅憲明 (Noriaki Yuasa) 監督作品 1968年制作] の併映作品なのである。
興行上の主役はあくまでも、シリーズ第4作にあたるガメラ (Gamera) の方であって、映画『妖怪百物語 (Yokai Monsters : One Hundred Monsters)』 [安田公義 (Kimiyoshi Yasuda) 監督作品 1968年制作] は主ではなくて従である。それまで、その地位は大魔神シリーズ (The Daimajin Trilogy) が勤めていたのだけれども、同シリーズは三部作として完結、それを引き継ぐ新シリーズとしての第1弾がこの映画『妖怪百物語 (Yokai Monsters : One Hundred Monsters)』 [安田公義 (Kimiyoshi Yasuda) 監督作品 1968年制作] なのである。
以降、第2弾の映画『妖怪大戦争 (Yokai Monsters : Spook Warfare)』 [黒田義之 (Yoshiyuki Kuroda) 監督作品 1968年制作]、第3弾の映画『東海道お化け道中 (Yokai Monsters : Along With Ghosts)』 [安田公義 (Kimiyoshi Yasuda) ・黒田義之 (Yoshiyuki Kuroda) 監督作品 1969年制作] と制作 / 公開されてゆくし、勿論それら総ては封切りと同時に観る事になる。

物語は、シンプルな勧善懲悪の物語だ。
もし仮に、この物語全編に登場する怪異や妖怪出没のシーンをカットして観る事が出来たのならば、どこにでもあるTVの時代劇なのである。と、いうか、怪異や妖怪が一切、物語上に登場しなくても、この映画での物語を物語る事は、全く持って、可能なのである。
それがどおゆう意味をもつのかは後で書くけれども、怪異や妖怪を排除した物語そのものはこの映画の数年後に機を䋖にして放送開始されたロング・ランの時代劇、『大岡越前 (Ooka Echizen)』[1970年〜1999年放映TBS系列] や『大江戸捜査網 (Oedo Sosamo)』 [1970年〜1984年放映 東京12チャンネル系列] や『遠山の金さん捕物帳 (Toyama no Kin-san)』 [1970年〜1973年放映 NET系列] の変奏の様である。江戸の正義を守り悪を懲らしめる為に、身分をやつし素性を隠して闘う、正義の味方の物語だ。

そして、その物語と並走するもうひとつの物語がある。

上に記した物語が陽の物語、もしくは午の物語とも光の物語とも称する事が出来るのであるのならば、陰の物語、もしくは夜の物語とも闇の物語とも称する事が出来るのに違いない。

images
言うまでもなく、もうひとつのその物語が、怪異と妖怪が跳梁跋扈する物語なのであり、彼らの復讐譚として、その物語は語られる事になる [そして上記掲載画像は、当時の本作品、映画ポスターである]。

誤解される事を覚悟して、大袈裟な表現をしてみれば、この二重の物語の構造は、『東海道四谷怪談 (Yotsuya Kaidan : Ghost Story Of Yotsuya)』 [四代目鶴屋南北 (Tsuruya Nanboku IV) 作 1825年初演] の初演の際と、全く同じなのだ。つまり、『東海道四谷怪談 (Yotsuya Kaidan : Ghost Story Of Yotsuya)』 [四代目鶴屋南北 (Tsuruya Nanboku IV) 作 1825年初演] が歌舞伎『仮名手本忠臣蔵 (Kanadehon Chushingura)』 [二代目竹田出雲 (Takeda Izumo II) ・三好松洛 (Miyoshi Shoraku)・並木千柳 (Namiki Senryu) 作 1748年初演] の外伝 (Sequel)、アナザー・ストーリーとして構成されて、ふたつの物語を同時上演した、1825年の江戸中村座 (Nakamura-za) での興行の構造と、同じ趣向を観て取れるのである [その趣向の詳述はこちらを観てもらいたい]。

という事を、この駄文を書き連ねる事によって、今更ながらに気づかされてしまっている。お恥ずかしい。

と、言うのも封切り時も、当時の映画館が入替制がない事をいい事に一日中観ていた筈 [同伴していた筈のぼくの保護者は、入場料を払って映画が始まればぼく達にとっては用なしで、途中退場するのが習わしだった] だ。
しかもその日だけでない。それ以降、夏休み期間中の特別番組や、野球中継が雨天中止の場合の振替番組として、何度も何度も観る事になった作品なのである [この段落、えらく昭和的な光景が伏線も一切なく登場しているが、大丈夫だろうか、その当時はそおゆう習わしだったとか、そおゆう制度がかつて存在していたのだ]。

だから、今頃になってようやくこの映画の構造に気づくとは、なんとも情けない話ではある。

だけれども、それはある意味で致し方ないのだ。
この映画の観所は、そして、最も美しい場面は、総ての物語が語り終えられてから始まる、百鬼夜行 (Hyakki Yagyo) のシーンなのだから。

破滅した悪人の住居から、大門が闇の中ゆっくりと開かれる。そして、彼らの霊魂を納めたみっつの棺桶がゆっくりと妖怪達に担がれて、進み出す。踊る妖怪、はしゃぐ妖怪、空をとび地をはしり、おのれの感情をおのれの赴くままに発している。
なにもない闇の中、大きく揺れるみっつの棺桶の周囲に浮かび上がる、彼らの姿がとても美しいのだ。
単純に、妖怪のコスチュームを着込み、それをスローモーション撮影 (Slow Motion) と多重露光 (Dissolve) をしているだけだ。現在の映像技術から観れば、お話にならないくらい、素朴で単純な映像である。
それが延々と続く。あたかも彼らが棲まう地獄へと到達するその旅程を描かんとするばかりに、ゆっくりと、おおきく、黒い闇を白い棺桶が踊るのだ。
だけれども、いつしか、それは昇る朝陽の訪れと共に終焉へと向かう。闇が陽光によって消え逝かんとするのと同様に、彼らは次第に闇と共に消えてゆくのだ。

そんな、百鬼夜行 (Hyakki Yagyo) のシーンは、最高に美しいのだ。
この映画は、このシーンを観る為だけにあるのかもしれない。

次回は「」。

附記 1. :
この映画を体験した後に、あらためて上記掲載のポスター画像を観ると、奇異な感じがするかもしれない。
と、言うのは画面中央に轆轤首 (Rokurokubi) が [より正確には轆轤首 (Rokurokubi) の頚から上の部分が] 鎮座しているからだ。まるで、彼女がヒロインないしは、この物語に登場する妖怪達の中軸を占めているかの様に観える。物語設定上のヒーロー、大木安太郎を演じる藤巻潤が、画面右下に言い訳程度に、小さく掲載されているのを観ると、雲泥の開きがある。
だけれども、実際は物語の中で語られる怪異譚のひとつ、つまり劇中劇の中にのみ登場するモノなのであって、彼女は物語の主軸にはならない。物語の掉尾を飾る百鬼夜行 (Hyakki Yagyo) にも彼女は顕われない。
何故ならば、彼女は他の妖怪や怪異とは異なり、"現実"には存在しないからだ。"怪談の正蔵"こと初代林家正蔵を演じる"彦六の正蔵"こと八代目林家正蔵の語る怪異譚の、その語り口のなかにしか、彼女は存在しないのだから。
では、何故、彼女がポスター画面中央に、と言うと、轆轤首 (Rokurokubi) を演じたのが毛利郁子 (Ikuko Mouri) だからだ。彼女は映画『白蛇小町 (Hakuja Komachi)』 [弘津三男 (Mitsuo Hirotsu) 監督作品 1958年制作] や映画『執念の蛇 (Vindictive Snake)』 [三隅研次 (Kenji Misumi) 監督作品 1958年制作] と言った作品で主演し、ヴァンプ女優の名を欲しいままにしていた [彼女のデヴュー作が映画『透明人間と蝿男 (Tomei Ningen To Hae Otoko)』 [村山三男 (Mitsuo Murayama) 監督作品 1957年制作] であるというだけでも、ぼくとしては充分にその価値はあるのだけれども]。
そんな彼女が轆轤首 (Rokurokubi) と化すのである。恐らく、子供連れもしくは家族連れの父親達にあてがって、彼女をキャスティングもし、ポスターのレイアウトも、それに準じたのだろう。
ちなみに、毛利郁子 (Ikuko Mouri) 自身は、次回作である映画『妖怪大戦争 (Yokai Monsters : Spook Warfare)』 [黒田義之 (Yoshiyuki Kuroda) 監督作品 1968年制作] でも同じく轆轤首 (Rokurokubi) として登場し、自身の出身を活かした、土佐弁 (Tosa Dialect) を喋る気っぷのいい姐御肌の妖怪として、物語の中に主要な地位を占めている。
長い長い頚をさらに伸ばし、己の正体を明かすのはごく僅かだから、全編、艶かしい上に威勢のいい土佐っぽのおねいちゃんが、妖怪達にまじって大暴れしている様にしか観えないのだけれども。

附記2. :
本文冒頭に列挙した怪異を、映画内のキャスティング上の表記に準じて書き並べると、次の様になる。
青坊主油すまし一角大王一本足の傘うしおに姥ヶ火うまおに置行堀大首白粉婆おとろし陰摩羅鬼河童烏天狗狂骨毛女郎土転び泥田坊とんずらのっぺらぼう化け提灯般若人魂一つ目小僧火吹き婆ひょうすべぬっぺっぽうぬらりひょんろくろ首
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