2013.04.26.08.18
元々は、卒業文集なんだ、小学校のね。
そう言って、そのひとは酒をひとくち、呑んだ。
成績は優秀だったんだ。その頃は、その頃までは、さ。
学級委員もやったし、生徒会も手伝わされたかなぁ。あれは、中学か。
もう、むかしのことだから、ね。
多分、今でもあるだろう。きみ達はつくらなかったかね、卒業文集。
そうだろう、そうだろう。卒業式の答辞も練習したんじゃあないかな。
「ぼくたちわたしたちは」とか、「みんなでつくったはんごうすいさん」とか、さ。暗記させられて、一生懸命練習して、でも、結局、その日は、ぐしょぐしょでなんにもいえなかったりして、さ。
違う違う、卒業式じゃあない。卒業文集だ。式じゃない、式じゃあない。文集の方さ。
今は当然、パソコンでつくるんだろう。おれ達の時代は、謄写版さ。
知っているか、謄写版。
よろしい。若いのにものしりだね、きみ達は。もっとも、若者はそうでなくちゃあいかん。いかんよ、勉強しなければ、きみ達は。
ははは。おれはいいよ。もう、おれは。
そっちの方もとっくに卒業さ。ははははは。
おっと、卒業文集だ。そこで書いた短いエセーが処女作だ。
違う違う。あんなのは、処女作でもなんでもない。そんなこと言ったら、幼稚園のおてがみの方が先だ。ああ、絵日記かもしれないね。夏休みの宿題。ひづけと天気だけかいただけ。まっしろで怒られたね。
そう、文集のはなし。文春じゃあなくて、ね。おれは相手になんかしてないよ、芥川も直木も。ノーベル賞以外は、眼中にない。なんてね。ははははは。
文集の一頁に、しょうらいのゆめを書くところがあったの。クラス全員の一覧の。
そこにみんな、じぶんのなりたいものや職業を書いたのさ。パイロットとかかんごふさんとか、野球せんしゅとか、バレリーナとか。
かわいいもんだね。かわいいだろう。ふふふ。おかあさんって書くやつはいるけど、おとうさんってのはなかったね。さすがに。ふふ。
だけれども、おれにはそのとき、なんにもなかったの。なりたいものなんて。
なあんにもかんがえてなかった。なぜだろうね。そのときから、きょむだったのかしらん。
だから、なしって書いたの。それとも、空欄にしておいたのかな。
そうしたら、担任に呼び出されておこごとくらって。
じゃあ先生が決めてやるって、言い出して、さ。
勉強出来るんだから、小説家にでもなれって言われて。
それでいいか、て念押しするから、はいっていっちゃってさ。
なんにも考えてなかったし、逆らう理由もないし。どうでもいいだろうっておもってさ。
だって、だれも信じていないじゃん。あいつが飛行機操縦するとか、あいつに注射されるとか。笑いぐさだぜ、大笑いだ。ああ、あいつはデッドボールでいいのか。もとから、脳いっちゃってるし。はは。
あの不細工と結婚するやつなんか、いないって。ははは。こどもがかわいそうぢゃん。うまれてきたこが、あんなのが母親ぢゃあ。
だから、いいです、って。せんせえ、いいです。
担任にそういったの。任せますって。
これがおれが物書きになった、なれそめっていうやつ。
これでいいかい。そろそろ帰ってはじめないと。
どこで、あぶら売ってたって、怒られちゃうからさ。
ちがうよ、ちがいますよ。取材ですよって。
でも、そう言うとまた怒られちゃうんだなあ、ウチより先に他誌を優先しないで下さいって。
はは。ぢゃあ、そおゆうことで。
たのしいお酒でしたね。
そう言って、そのひとはワンカップをひと呑みした。
終電間際の週末、家路を急ぐひとびとの流れにひとり浮いていた。
無論、酔っ払いの独語につきあうものは誰もいない。
[the text inspired from the song "Paperback Writer" for the album "Past Masters, Volume Two
" by The Beatles]
そう言って、そのひとは酒をひとくち、呑んだ。
成績は優秀だったんだ。その頃は、その頃までは、さ。
学級委員もやったし、生徒会も手伝わされたかなぁ。あれは、中学か。
もう、むかしのことだから、ね。
多分、今でもあるだろう。きみ達はつくらなかったかね、卒業文集。
そうだろう、そうだろう。卒業式の答辞も練習したんじゃあないかな。
「ぼくたちわたしたちは」とか、「みんなでつくったはんごうすいさん」とか、さ。暗記させられて、一生懸命練習して、でも、結局、その日は、ぐしょぐしょでなんにもいえなかったりして、さ。
違う違う、卒業式じゃあない。卒業文集だ。式じゃない、式じゃあない。文集の方さ。
今は当然、パソコンでつくるんだろう。おれ達の時代は、謄写版さ。
知っているか、謄写版。
よろしい。若いのにものしりだね、きみ達は。もっとも、若者はそうでなくちゃあいかん。いかんよ、勉強しなければ、きみ達は。
ははは。おれはいいよ。もう、おれは。
そっちの方もとっくに卒業さ。ははははは。
おっと、卒業文集だ。そこで書いた短いエセーが処女作だ。
違う違う。あんなのは、処女作でもなんでもない。そんなこと言ったら、幼稚園のおてがみの方が先だ。ああ、絵日記かもしれないね。夏休みの宿題。ひづけと天気だけかいただけ。まっしろで怒られたね。
そう、文集のはなし。文春じゃあなくて、ね。おれは相手になんかしてないよ、芥川も直木も。ノーベル賞以外は、眼中にない。なんてね。ははははは。
文集の一頁に、しょうらいのゆめを書くところがあったの。クラス全員の一覧の。
そこにみんな、じぶんのなりたいものや職業を書いたのさ。パイロットとかかんごふさんとか、野球せんしゅとか、バレリーナとか。
かわいいもんだね。かわいいだろう。ふふふ。おかあさんって書くやつはいるけど、おとうさんってのはなかったね。さすがに。ふふ。
だけれども、おれにはそのとき、なんにもなかったの。なりたいものなんて。
なあんにもかんがえてなかった。なぜだろうね。そのときから、きょむだったのかしらん。
だから、なしって書いたの。それとも、空欄にしておいたのかな。
そうしたら、担任に呼び出されておこごとくらって。
じゃあ先生が決めてやるって、言い出して、さ。
勉強出来るんだから、小説家にでもなれって言われて。
それでいいか、て念押しするから、はいっていっちゃってさ。
なんにも考えてなかったし、逆らう理由もないし。どうでもいいだろうっておもってさ。
だって、だれも信じていないじゃん。あいつが飛行機操縦するとか、あいつに注射されるとか。笑いぐさだぜ、大笑いだ。ああ、あいつはデッドボールでいいのか。もとから、脳いっちゃってるし。はは。
あの不細工と結婚するやつなんか、いないって。ははは。こどもがかわいそうぢゃん。うまれてきたこが、あんなのが母親ぢゃあ。
だから、いいです、って。せんせえ、いいです。
担任にそういったの。任せますって。
これがおれが物書きになった、なれそめっていうやつ。
これでいいかい。そろそろ帰ってはじめないと。
どこで、あぶら売ってたって、怒られちゃうからさ。
ちがうよ、ちがいますよ。取材ですよって。
でも、そう言うとまた怒られちゃうんだなあ、ウチより先に他誌を優先しないで下さいって。
はは。ぢゃあ、そおゆうことで。
たのしいお酒でしたね。
そう言って、そのひとはワンカップをひと呑みした。
終電間際の週末、家路を急ぐひとびとの流れにひとり浮いていた。
無論、酔っ払いの独語につきあうものは誰もいない。
[the text inspired from the song "Paperback Writer" for the album "Past Masters, Volume Two
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