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2013.04.16.12.50

じゃんぴんじゃっくふらっしゅ

ジャンピン・ジャック・フラッシュ (Jumpin' Jack Flash)』 は、1968年発表のザ・ローリング・ストーンズ (The Rolling Stones) のシングル・ナンバーで、ミック・ジャガー (Mick Jagger) とキース・リチャーズ (Keith Richards) の作。

同年の3月末のセッションで『パラシュート・ウーマン (Parachute Woman)』『ジグソー・パズル (Jigsaw Puzzle)』と共にレコーディングされながら、先の2曲が収録されたアルバム『ベガーズ・バンケット(Beggars Banquet)』 [1968年発表] には収録されずに、それへの先行シングルという位置づけで発表された。だから、スタジオ・ヴァージョンが収録されたアルバムとなると、ブライアン・ジョーンズ (Brian Jones) 追悼作でもあるベスト盤『スルー・ザ・パスト・ダークリー [ビッグ・ヒッツ Vol.2] (Through The Past, Darkly [Big Hits Vol. 2])』 [1969年発表] になる。
勿論、バンドの代表曲であるばかりか、ライヴでも欠かせられない楽曲であるので、『ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト (Get Yer Ya-Ya's Out!)』 [1970年発表]、『ラヴ・ユー・ライヴ (Love You Live)』 [1977年発表]、『フラッシュポイント (Flashpoint)』 [1991年発表]、『ロックンロール・サーカス (The Rolling Stones Rock And Roll Circus)』 [1996年発表] と収録され、これまでにも様々なライヴ・ヴァージョンが発表されている。

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この曲が、『ベガーズ・バンケット(Beggars Banquet)』に収録されずにシングルのみの発売で終わった意味は、なんとなく、誰でも解る。
ベガーズ・バンケット(Beggars Banquet)』はある意味で完璧な作品であって、この中の1曲たりとも落とせない代わりに、1曲たりとも軒を連ねる事は許されない。前作である『サタニック・マジェスティーズ (Their Satanic Majesties Request)』 [1967年発表] の様なトータル・コンセプトに貫かれた作品ではないのだけれども、全編に漂うアトモスフィアが、欠落も過剰も許してくれないのだ。
その点を踏まえて、当時の英国の音楽作品のリリース状況を眺め、シングルとアルバムとが全く別ものとして扱われている事を知ればなおさらなのだ [とても解りやすい例を挙げると、6曲入りのEP2枚組として発売されたザ・ビートルズ (The Beatles) の『マジカル・ミステリー・ツアー (Magical Mystery Tour)』 [英盤米盤ともに1967年発表] が、米国では当時のシングル曲を加えて11曲入りのフル・アルバムとして発売された]。

だからと言って、この曲が当時のザ・ローリング・ストーンズ (The Rolling Stones) にとって鬼っ子的な存在である訳という事では、決してない。むしろ、その逆だ。彼らの、これまでのパブリック・イメージ (Public Image) をそのまま引き受けて、しかもそれだけではない、さらに堅牢にして動かざるモノにさせた楽曲なのだ。
この曲と、『ベガーズ・バンケット(Beggars Banquet)』に収録された2曲『悪魔を憐れむ歌 (Sympathy For The Devil)』と『ストリート・ファイティング・マン (Street Fighting Man)』を引っ張り出せば、彼らのステージのクライマックスが、立ち所に演出出来てしまう。それは、1968年当時のみならず、今すぐにであっても、同じ事が言える。作品発表から数十年ずっと、バンドと共に現役で彼らの真骨頂を提示し続けている曲のひとつなのである。

と、回りくどい言い方をする必要はないのかもしれない。
何故ならば、ザ・ローリング・ストーンズ (The Rolling Stones) 云々を離れたところに既に、この楽曲は到達してしまっているからなのだ。

ロックンロール (Rock And Roll) ってなに?? こんなプリミティヴな疑問を誰かが抱いたら、この曲のリフを聴かせれば、恐らく、それで充分なのだ。

ロックンロール (Rock And Roll) とは、なにか。
ジャンピン・ジャック・フラッシュ (Jumpin' Jack Flash)』だ。
黙ってこの曲の、ギター・リフを聴け。
それでいい。

この点に関しては、恐らく、殆どのモノに異論はないだろう。
個人的にはザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド (The Velvet Underground) の『シスター・レイ (Sister Ray)』 [『ホワイト・ライト / ホワイト・ヒート (White Light / White Heat)』 [1968年発表] 収録] の方が、相応しい気分の時もあるのだけれども、残念ながら、その曲は必ずしも万人向けの楽曲ではないのだ。
年端もいかぬいたいけな幼児にも、棺桶に片脚を突っ込んだ老人にも、誰にも理解出来るロックンロール (Rock And Roll) のパブリック・イメージ (Public Image) としては、『ジャンピン・ジャック・フラッシュ (Jumpin' Jack Flash)』のリフにしくモノはないのである。

と、曲としてはある意味で完膚なきまでの地位を得ながらも、殆どのモノに理解出来ないモノがある。

と、書くと言い過ぎかもしれないから、以下の様に書き改めてみる。

殆どの日本人には理解出来ないモノがある。
それは歌詞だ。

つまり、ジャンピン・ジャック・フラッシュ (Jumpin' Jack Flash) とはナニモノなのか、何の謂いなのか、と。

オリジナルの英詞はこちらで、その邦訳はこちらでみっつのヴァージョンが紹介されている。
いかがだろうか。

どの解釈を採ったとしても、呂律の廻らない酔っ払いの口上か、常用したクスリで白濁した意識下の戯言の様にしか読めない。
勿論、当時の彼らは、現在の健康的な体躯からは想像も出来ない程のアルコール依存と薬物依存であって、前年には官憲の手酷い摘発の憂目にあっているのだ。だから、その様な下での意識 / 無意識が書かせた歌詞と解釈してもあながち誤りではないかもしれない。
だけれども、そんなドラッギーでジャンキーな曲が時代や世代や地域を乗り越えて、全世界中でロックンロール (Rock And Roll) アンセムとして支持を集めていられるだろうか。
1970年代ならばいざ知らず、既に世紀を跨いでしまっているのだ。メンバーの誰もが、薬物から解放されたクリーンな肢体をもって、音楽活動に明け暮れているのだから、なおさらなのだ。

ちなみに、ぼくの手許にある国内盤の邦訳は、宮原安春が手がけているモノであって、先にリンク先で紹介された最期のモノとほぼ同じだ [漢字や仮名等の表記が一部違う]。

邦訳の、語義に捕われて日本語である事を半ば放棄した様な文字の羅列を読むよりも、その解釈の手立てになるモノがある。
鮎川誠 (Makoto Ayukawa) のソロ・アルバムとしては第2作、ザ・ロケッツ (The Rokkets) 名義の作品『ロケット・サイズ (Rokket Size)』 [1984年発表] に収録された『ホラ吹きイナズマ (I'm Flash [Consolation Prize])』 [作詞:柴山俊之 (Toshiyuki Shibayama) 作曲:鮎川誠 (Makoto Ayukawa)] という曲である。
そこには、こんなフレーズが登場するのだ。

気にするなよ ほんの冗談
なにもかもウソっぱち
おれはホラ吹きイナズマ
パっと光って消えちまう
パっと光って消えちまう
[全歌詞はこちらで読める。]

これを『ジャンピン・ジャック・フラッシュ (Jumpin' Jack Flash)』の翻案と看做す事は、無謀なのだろうか。
少なくとも、ぼくには活きた日本語の歌詞として、こちらの方が凄まじく馴染むのだ。

そして、その一方で、歌詞の解釈のヒントとなるかもしれないモノを、随分昔にぼくは、ミック・ジャガー (Mick Jagger) 自身の言葉として聴いているのである。
それは、『Go ツトム・ヤマシタ ロックの旅』 [NHK 1978年放映] というTVドキュメンタリーである。『ゴー・トゥー (Go Too)』 [1977年発表] の発表にあわせて行われたツトム・ヤマシタ (Stomu Yamash'ta) の全米ツアーの模様とそれに付随しての、彼の会見記である。
ツトム・ヤマシタ (Stomu Yamash'ta) に対して、そこで逢ったミック・ジャガー (Mick Jagger) が、自身の音楽の原点として、対空砲火の轟音を語るのだ。第二次大戦中に誕生した、幼い彼が体験した独空軍からの空爆とそれに抗する英陸軍の戦闘の爆音すなわちロンドン大空襲 [ザ・ブリッツ] (The Blitz) が、自身のサウンドを産み出したと語っているのである。

つまり、そこでツトム・ヤマシタ (Stomu Yamash'ta) に語るミック・ジャガー (Mick Jagger) 自身の幼児体験はそのまま、『ジャンピン・ジャック・フラッシュ (Jumpin' Jack Flash)』の歌詞冒頭とイコールなのである。

それらを踏まえられれば、"正解"は近い筈だ。
あとは実際に、きみが訳してみればいい。

次回は「」。

附記 1.:
ジャンピン・ジャック・フラッシュ (Jumpin' Jack Flash) 』の歌詞だけに立ち向かってしまうと、まだ、幾つかの疑問が立ち顕われるだろう。
そこでうたわれている人物が、その曲をうたっているミック・ジャガー (Mick Jagger) 本人だとしても、その姿をどの様なモノとして描けば良いのかという問題だ。
ぼくは、『ベガーズ・バンケット(Beggars Banquet)』に収録されたいくつかの楽曲がそのヒントになるのではないか、と想う。つまり、『悪魔を憐れむ歌 (Sympathy For The Devil)』や『ストリート・ファイティング・マン (Street Fighting Man)』と言った、同じく自己言及の歌だ。それに『ジグソー・パズル (Jigsaw Puzzle)』も加えるといいかもしれない。
それらの曲では、事態が蠢いている現場にもいるのにも関わらずに、何もしない / 何も出来ない人物の事が描写されている。そして、その人物の独白として、あたかも己の目の前にある光景として、語られ始める。
その人物こそが己自身、自らをルシファー (Just Call Me Lucifer) と定義しながらも、傍観者でしかない、口だけは達者の役立たず、ただのしがないロックンロール・バンド (Except To Sing For A Rock 'n' Roll Band) の一員なのだ。
1968年の騒然のただ中にありながらも、もしかしたら彼 [彼って誰の事をさしているんだい!?] は、前年の忌まわしい逮捕劇の渦中に未だに佇んでいるのかもしれない。

附記 2.:
私見だけれども、歌詞の意味を追ったモノの殆どが混乱してしまう最期のフレーズ「It's a gas! gas! gas!」に関しては次の様に考えている。
単純に語調を整える程度の存在感しかなくて、敢て言えば、相槌を打つ程度のニュアンスしかないのではないだろうか。
TPOを弁えなければならない言葉のひとつである四文字言葉の「お●●こ(F**k)」も、状況や環境や使う人間次第によっては、最良の意味にも最悪の意味にもなる様に。

附記 3.:
試訳『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』

おれは弾が飛び交う戦場産まれさ
それも雨あられと降る真っ最中に、産声をあげたんだそうだ
だけど、それがどうしたっていうんだ
たいした意味なんかありはしない
どうせおれはでくのぼう みてくれだけさ
いいとこそんなもんだぜ
てんでからっきしってわけさ

おれは歯がないくせにひげ面の婆あに育てられたのさ
しかも背中にふん縛られての登下校さ
だけど、それがどうしたっていうんだ
たいした意味なんかありはしない
どうせおれはできそこない みかけだおしさ
いいとこそんなもんだぜ
まったくもってってわけさ

溺れそうなくらいに水浸しになって
死に損なうくらいに洗い立てられる
ぶっ倒れてしまうのは中味がぶちまけられたからさ
だからそうなのさ どうとでもなれさ
パン屑やら大鋸屑やらなんやらをつめこんで
あたまを釘でたたいてとめれば、一丁上がりの王冠さ
それでいいのさ それがおれだから
できそこないのでくのぼう
みかけだおしのみえっぱりってやつさ

それがおれさま フラッシュ様さ
ぴょんぴょんとんで きらきらひかる
それがおれさま フラッシュ様さ
ぴょんぴょんとんで きらきらひかる
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