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2013.01.14.12.35

死のうとした夜のお終り 第3話:The End Of Nights We Tried To Die episode 3.

気の抜けた警備員ふたりに守られている、門を通り抜けると辺りはごった返していた。急拵えのバラックの様な面構えの、2階建ての建物がふた棟。その手前は駐車場として整備されているのだけれども、殆ど用なしだ。誰も彼もが思い思いのままに立ち尽くし、くるまだまりにもくるまよせにも、立っているモノ、しゃがんでいるモノ、突っ伏しているモノ、そんな彼らで占拠されている。

そうして、そんな無秩序な状況から、すこしづつすこしづつ、事態が拾集されている様にみえるのは、彼らの凝視める視線の行く先に、ヒトの列が幾筋もあるからなのだった。
通常のヒトの列、例えば催し物やイヴェントやオープンしたばかりの店舗の前ならば、殊更に、そこが最後列である事を声高る係員や立て看板がある筈なのだが、ここにはそんなモノはない。

だから、彼らの殆どは、その最後尾を見極めようとしてそこに立ち止まり、徒に時間を浪費しているのであった。
それは通常の思考と行動様式を得ている常識人からみれば、極めて、無駄で無意味な労力かもしれない。
しかし、ヒトの列は幾筋もあって、その向かう先は総て異なり、この無秩序な列の数々を統括しているモノは、誰もそこにいないのだ。
事態の進退を推し量って、自身が並ぶべき最後列を、自らの判断で見極める他に手立てがないのである。

では、ぼくはどうしたのか。
もしくは、どうすべきだったのか。

かつてのぼくならば、なにも考えずに列の先頭まで押し掛けてゆき、そこで係員に立ちふさがれるまで、先に進んだだろう。そうすれば、少なくとも、そのモノは、なにか具体的なモノを、指示してくれる筈なのだから。彼の案内が正しかろうと間違っていようと、少なくとも、その列が、ぼくの加わる列なのかそうでないかは解る筈なのだ。

だけれども、その時のぼくは疲れきっていた。
なにも考える事も出来ず、なにも行動する気力もない。
いっその事、大半の彼らの様に、くるまだまりやくるまよせに屯して、一日中、ななにかが起きる事を待ってもよかったのだ。
それ程に、ぼくは彼らと同列であった。

そして、だからこそぼくは、ここに来なければならなかったのだ。
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