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2012.12.20.21.38

『詩客 Shikyaku』で『日めくり詩歌 俳句 関悦史 [2012/12/19]』を読む

題材として取り上げられたのは「句集『俳諧曾我』中、第七分冊『パイク・レッスン』より」次の句である。

ISBN4-00-008922-6の顔、パリに 高山れおな

この句と、それを紹介している『詩客 Shikyaku』の『日めくり詩歌 俳句 関悦史 [2012/12/19』を題材に、思いついた事を、脈絡なく、書き連ねてみたいと思う。
以下、文中敬称略で書き進めて行くので、あらかじめ御了承を願う次第である。

これから書こうとしている事は、上に挙げた高山れおなの句は勿論の事、それを紹介している、関悦史の解説があって初めて、成立するモノである。
だから、以下につづく戯稿を読もうという方で、『日めくり詩歌 俳句 関悦史 [2012/12/19]』を未読の方は、大急ぎでそちらを読まれてから、以下の文と戯れて頂きたい。
無論、そちらを読んでしまって、総てに得心を得てしまっても、ぼくは構わないし、それっきり、戻って来なくても、なんの問題もない。

と、ちょっと、痩せ我慢の強がりを言い放ってから、書き始めてみる。

掲句で詠われている「顔」である、ラウル・ハウスマン (Raoul Hausmann) の『機械的頭部 [われわれの時代精神] (Der Geist Unserer Zeit - Mechanischer Kopf / Mechanical Head [Spirit Of Our Age])』が制作されたのは、1919年のベルリン (Berlin) であって、現在は、パリ (Paris) のポンピドゥー・センター (Centre Pompidou) [1977年開館] に収蔵されている。
そして、『ダダとシュルレアリスム (Dada And Surrealism [Art And Ideas])』[マシュー・ゲール (Matthew Gale) 著 巖谷國士 (Kunio Iwaya) ・塚原史 (Fumi Tsukahara) 訳 1997年刊行] の表紙として、その写真が掲載されている。

ここまでは、なんの意外性もないし、むしろ、脈絡だらけの、筋道のたった経緯がそこにある。

ベルリン (Berlin) の作品が何故、今、パリ (Paris) にという謎は介在するものの、もし仮に、この「顔」がベルリン (Berlin) に留まり続けたのならば、ナチス・ドイツ (Deutsches Reich) の摘発を受けて、破壊されたのに違いない。頽廃芸術展 (Entartete Kunst) [1935年開催] の例をだすまでもなく、当時の、新しい表現や新しい創作は、悉く、彼らに排撃されたのだ。進歩的な、もしくは、革新的な、文化人や芸術家は、こぞって、故郷を棄てて、ナチス・ドイツ (Deutsches Reich) から逃れたのである。
だから、この作品も、その様な、"亡命 (Uberlaufer )"を果たした後に、現在の安息の地を得た、そんな劇的な物語が背後にあっても不思議ではない。
ベルリン (Berlin) の作品がパリ (Paris) にあるのは、知っているモノにとっては、なんの意外性もない事なのかもしれない。

もしも仮に「顔」がルーブル美術館 (Musee du Louvre) に収められているとしたら、誰にとっても大事件だけれども、ポンピドゥー・センター (Centre Pompidou) にある限りは、あるべき場所にある、と言えるのである。パリ (Paris) にあるみっつの国立美術館、ルーブル美術館 (Musee du Louvre)オルセー美術館 (Musee d'Orsay) そしてポンピドゥー・センター (Centre Pompidou) に収蔵されている作品群それぞれは、作品の制作年代や美術潮流によって、きちんと棲み分けされているからだ。

そんな、ある意味で、『ダダとシュルレアリスム (Dada And Surrealism [Art And Ideas])』という著作物では、解りやすすぎる程に、解りやすい象徴を与えられている「顔」だけれども、高山れおなの手にかかると、突然に、異なる意匠を帯ることになる。

「顔」とISBN (International Standard Book Number) と俳句との出逢いだ。

ロートレアモン (Le Comte de Lautreamont) の『マルドロールの歌 (Les Chants de Maldoror)』 [1874年発表] ではないのだろうが、「解剖台の上のミシンと蝙蝠傘の偶然の出会いのように美しい (Beau comme la rencontre fortuite sur une table de dissection d'une machine a coudre et d'un parapluie !)」にも匹敵する程に、みっつの相異なる属性が、ひとつの場所で激しく衝突しているのである。

ダダとシュルレアリスム (Dada And Surrealism [Art And Ideas])』は未読だから、あまり無茶な事は言えないけれども、その表紙に綺麗に収まってしまうよりは、遥かに、この句の中にある方が、ダダ (Dada) 的でもあるし、シュルレアリスム (Surrealisme) 的でもある。
逆に言えば、ある美術潮流の代表的な作品として歴史の一証言の様な、居心地のよいぬくぬくとした場所に安息している「顔」に再び、その出現当時の衝撃性を与えようとしている、とも言える。

そうして、もうひとつ。

関悦史は、ポンピドゥー・センター (Centre Pompidou) を次の様に、解説している。
「建設途中の工業施設を放置したような」

つまり、本来ならば、内部に隠蔽されるべき設備や機器が総て、外部に突出したかたちで、建設されているのである。

そして、それはそのままに同じ事が「顔」にも言える。
関悦史が書いている。
「第一次大戦は、<中略>帰還兵にも身体に欠損を負って義手・義足、顔面を補綴するマスクなどを装着せざるを得ない者が少なくなかった」
そんな帰還兵のアナロジーとして「顔」を観るのならば、「顔」もまた、身体内部に内包されるべき器官や組織が、外部に突出しているのである。

ポンピドゥー・センター (Centre Pompidou) も、「顔」も、内部と外部が裏返って、本来ならば秘匿され隠蔽されているモノが顕在化させられているのである。

と、言う事は、ポンピドゥー・センター (Centre Pompidou) に収蔵されている「顔」を掲載した書物もまた、内部と外部が裏返ったモノとして言い表されているのではないだろうか。
そこには、著者も署名も書き綴られている内容も一切、剥奪されて、書籍としての文字通りの記号としての存在、ISBN (International Standard Book Number) で表現されているのだ。

ここまでさも解ったフリをして書き進めてはみたものの、なんだかんだ言いおきながらも、結局は関悦史の言う「サイバーパンクSFじみた言い方や、『マン・マシン』という単語」に、横着してしまいそうだ。

でも、ぼくが主張したい点は、内部と外部が裏返るという点、そしてその結果、隠されたモノの正体が暴きだされるという点、そして、それはもしかしたら、そのモノの本質的なモノかもしれないという点だ。

と、書いてしまうと、書物の本質がISBN (International Standard Book Number) なのか、おいおいしっかりしてくれと、叱責されてしまうかもしれない。
叱責したいヒトは叱責して構わないけれども、その代わりの本質的なるモノを、きちんと呈示してもらいたい。出来れば、ロマンティシズム (Romantik) を介在させない論法でもって、ね。

と、挑発しても詮無き事かもしれない。
だから、ここで少し矛先を変えてみる。

関悦史のここでの論考は、あまりに明晰であるし明快である。まるで、推理小説の最期に登場する、名探偵の長口舌を読んでいる様だ。
総てが腑に着く処に着いてしまっているし、総ての説かれるべき謎は暴かれ、登場人物の挿話の総てが、回収されてしまっている様に観える。

だけれども、そこが逆に物足りなくもあるし、不満でもある。

総てが白日の下に曝されてしまっているとしたら、もう、夢を観る事は出来ないのではないだろうか。

エドガー・アラン・ポー (Edgar Allan Poe) の唯一の長編に『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語 (The Narrative Of Arthur Gordon Pym Of Nantucket)』 [1837年発表] がある。当時、未踏の地であった南極への冒険行 (The Adventure To The South Pole) を描いたモノ [1820年に南極大陸 (Antarctica) 発見] で、現代の眼でみれば、あり得ない事件や事象に次から次へと遭遇する。そして、物語が愈々、クライマックスに辿り着いたと思った瞬間に、物語は打ち切られてしまうのである。
つまり、未完なのである。物語の途上に顕われる様々なモノに潜む謎は、総てそのままのかたちで遺ってしまう。

さて、それから60年後、ジュール・ヴェルヌ (Jules Verne) によって、エドガー・アラン・ポー (Edgar Allan Poe) の未完の大作に触発されて、その続編とも言うべき作品が登場する。その物語の主人公が遺した遺稿を手に入れて、彼らが辿った経路をそのまま踏襲し、エドガー・アラン・ポー (Edgar Allan Poe) の南極大陸 (Antarctica) の謎を解明しようという物語である。その作品、『氷のスフィンクス (Le Sphinx des glaces)』 [1897年発表] という [1897年は、アドリアン・ド・ジェルラシ (Adrian de Gerlache) 率いる多国籍の探検隊が南極圏 (Antarctic Region) における越冬に成功している年だ]。

エドガー・アラン・ポー (Edgar Allan Poe) の描いた謎の南極大陸 (Antarctica) を、ジュール・ヴェルヌ (Jules Verne) がひとつひとつ、丁寧に解読し、彼自身が見出した答を、小説と言うかたちで呈示して行く。
外見上は、あくまでも、それでしかない。
だけれども、それを読み進めるぼく達は、ジュール・ヴェルヌ (Jules Verne) という作家の特性、よいところもわるいところも、総てを理解してしまうのである。と、同時に、エドガー・アラン・ポー (Edgar Allan Poe) とジュール・ヴェルヌ (Jules Verne) の、ふたつの作家の違いもまた。
そういう観点からも、ジュール・ヴェルヌ (Jules Verne) の作品としては知名度はいまひとつだけれども、読むべき作品なのである。

そして、読者であるぼく達はやってはゆけない事がひとつある。それは、『氷のスフィンクス (Le Sphinx des glaces)』を読んで、総ての謎が解明されたと看做す事である。
言うまでもなく、『氷のスフィンクス (Le Sphinx des glaces)』 はジュール・ヴェルヌ (Jules Verne) の解釈であり、そこに描かれている南極大陸 (Antarctica) と言う秘境は、ジュール・ヴェルヌ (Jules Verne) にとっての秘境であって、エドガー・アラン・ポー (Edgar Allan Poe) のそれでは、あり得ない。
だから、エドガー・アラン・ポー (Edgar Allan Poe) が呈示した謎は、謎のまま、未だに遺されているのだ。

関悦史の論考を読んで、ふと思い出したのは、そんなふたつの小説の事なのである。

つまり、関悦史のこの論考を読んで、高山れおなのこの句の、総てを解ったとする事が、最もつまらない行為なのではないか、と。
ここにあるのは、ひとつの解であり、読者であるぼく達は、もうひとつの解を求めて、彷徨いさすらうべきなのだ。

時には「判じ物」もこねくり回す必要もあるかもしれない。
「暗唱」出来ぬ句を唄う必要にも迫られるかもしれない。

ネット上の横書きの書式でしか、この句に接していないぼくは恐らく、句集の縦組の文字列に遭遇した途端、一種異様な心象に遭遇してしまうのに違いない。
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theme : 俳句 - genre : 小説・文学

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